前回は、「現代の旗艦に求められる条件は通信・指揮管制能力である」という話を書いた。昔のように、指揮官と幕僚が乗り込んで仕事をするためのスペースがあればよい、という話ではないのだ。ところが、通信・指揮管制能力を充実させようとすると、実はフネそのものの設計にも影響が及ぶ。というのが今回のお話。

米海軍が艦隊旗艦にした艦

旗艦といってもいろいろなレベルがあるが、まずは米海軍の艦隊旗艦を見てみることにする。

手近なところで、太平洋の西半分からインド洋までを担任海域としている第7艦隊の場合、1970年代にはミサイル巡洋艦「オクラホマ・シティ」(通称オキ・ボート)が旗艦を務めていたが、1979年10月から現在に至るまでは、揚陸指揮艦(後に指揮統制艦に呼称変更)「ブルー・リッジ」が旗艦を務めている。

「ブルー・リッジ」にはもう1隻、同型艦の「マウント・ホイットニー」があるが、こちらは地中海を担任海域とする第6艦隊の旗艦を務めている。

  • 「ブルー・リッジ」を俯瞰したところ。上甲板が真っ平らで、そこにアンテナ類が並んでいる様子が分かる 写真:DoD

過去の話になるが、ドック型揚陸艦「ラサール」を改造して、1972~2005年にかけて指揮艦として運用していた。これは1983年から中東方面で指揮艦としての任務に就き、中東を担当する第5艦隊が発足した後は、そのまま第5艦隊旗艦となった。

なぜ、揚陸艦が指揮艦に化けたのか。おそらく、車両や物資を大量に輸送するためのスペース、そして揚陸艇を収容するためのウェル・ドックといった具合に、艦内に大きなスペースがあり、所要の人員・機材を載せる余地があった事情が大きいと思われる。

とはいえ、既存の艦を後から別の用途に転用したわけだから、何らかの妥協があっても不思議はない。その最たるものが、通信用アンテナの設置場所と電波干渉の問題ではなかったか、と推察している。

  • こちらはドック型揚陸艦を指揮艦に転用した「ラ・サール」。アンテナの設置には制約がありそうだ 写真:US Navy

それと比べると、もともと指揮艦として通信・指揮管制能力を充実させているブルー・リッジ級の方が有利である。同艦はヘリコプター揚陸艦の船体設計を利用して建造したため、上甲板は真っ平らで、中央部に艦橋構造物と煙突が立っているだけだ。だから、多数のアンテナを林立させられるだけのスペースがある。それに、アンテナ同士の電波干渉を避けるために配置に工夫する必要が生じたとき、設置の自由度が高いと思われる。

つまり、「通信機能を充実させるには多数の通信機が必要」→「すると、多数のアンテナが林立する」→「その多数のアンテナの間で干渉が発生しないように、工夫できる艦が良い」という理屈だ。

米海軍は1964年に、通信中継艦「アナポリス」という艦をこしらえた。これは第2次世界大戦中に使われていた護衛空母「ギルバート・アイランド」の成れの果てだが、小さいとはいえ元が空母だから、上甲板は真っ平ら。そこに多数のアンテナを林立させた。まだ衛星通信がポピュラーな時代ではなかったから、代わりにフネに通信の仲立ちをさせたわけだ。

同じデンで、第2次世界大戦中に活躍した軽空母「サイパン」も通信中継艦に化けたほか、同型艦の「ライト」は指揮艦に化けた。艦種は違うが、通信用のアンテナを林立させたのは同じで、それをやるのに空母型の船型が適していた事情も同じである。元が空母だから広い格納庫甲板がある、という事情もあったのだろう。

意外なポイント、発電機と空調換気

アンテナは外から見えるし、艦型の違いも外から見れば分かる。その辺の話は理解しやすいが、実はもう一つ、通信・指揮管制能力を充実させようとしたときに重要なポイントがある。

多数の通信機を載せるだけでなく、情報処理のために多数のコンピュータも載せなければならない。そして、その多数のコンピュータを結ぶ艦内ネットワークも構築しなければならない。すると何が起きるかというと、艦内に積み込まれる「電気製品」の数が増える。市中の建物では電力会社から電気を買ってくるが、洋上を走り回る艦艇が電力会社から電気を買うことはできない。

だから、艦艇はみんな、航行用の主機に加えて発電機を搭載している。そして、艦上に搭載する「電気製品」の数が増える一方なので、発電機に求められる能力も増える一方だ。

例えば、海上自衛隊のヘリコプター護衛艦。以前に第1・第2護衛隊群の旗艦を務めていた「しらね」型は、1,500kWの発電機を2基、載せていた。それに対して、「ひゅうが」型は2,400kWの発電機を4基も載せている。3,000kW対9,600kWだから、3.2倍である。単に艦が大きくなったというだけの話ではなく、そこで動作する「電気製品」が増えたので、こんな話になった。

  • ついつい空母型の外見にばかり気をとられてしまうが、「ひゅうが」型以降のヘリコプター護衛艦のキモは、通信・指揮管制能力の充実と、それを支える発電能力の大幅増強にある

そして、発電機の数が増えれば、それを動作させるための燃料も所要が増える。すると、これが艦型を大型化したり運用経費を増やしたりする一因になる。

また、「電気製品」の数が増えれば、発熱も増える。すると、空調換気の能力も強化しなければならない。データ・センターのサーバ室でキンキンに冷房が効いているのと同じである。おまけに艦艇の場合、NBC(Nuclear, Biological and Chemical。核・生物・化学兵器のこと)対策として、艦内を密閉できるようにしなければならないから、それだけ空調換気システムはややこしいことになる。

そして、搭載する「電気製品」は艦の寿命中途で何回も載せ替えることになるし、機器が変われば設置スペースの所要も変わってくる。ムーアの法則からすれば、新型の機器になったら小型化されそうなものだが、実際には能力向上や新たな機器の追加が発生して、スペースの所要は増える一方というオチであろう。そして、単に場所を確保するだけでなく、出し入れのしやすさ、メンテナンスのしやすさも考慮したいところだ。

電気製品が増えて、発電機や空調換気の負担が増す事情は、どんな艦艇でも多かれ少なかれ存在する。しかし、旗艦を務めるような艦になると、要求水準が一気に上がってしまう。だから、米海軍はブルー・リッジ級の後継艦について検討した際に、既存艦の転用ではなく、専用の艦を造る前提で検討していたようだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。