訓練と並んで、仮想現実(VR : Virtual Reality)をはじめとするxR技術を活用しやすい分野が、研究開発。ということで今回は、昨年に訪れてきた、とある施設の話を取り上げてみる。

研究開発にxRを活用

何かを設計する際に、単に空間の取り合いや機器・スイッチ類の配置を決めるだけなら、3次元モデルがあればどうにかなるかもしれない。だが、例えばマン・マシン・インタフェースに関わる研究をやろうとすると、xR技術が役に立つのではないか。前回、訓練に仮想現実(VR)を活用する際の利点として「実際にそれを操作する人の手や視線の動きを追い、データをとれる」を挙げたが、これはマン・マシン・インタフェースに関わる研究開発でも同様に、メリットになるはずだ。

といったところで取り上げるのが、ロッキード・マーティン社のSNIC(Surface Navy Innovation Center)という施設。これは同社のロータリー&ミッション・システムズ部門が運営している施設で、イージス艦のAN/SPY-1レーダーなどを製作しているのと同じ、ニュージャージー州ムーアズタウンにある事業所に同居している。

  • SNICの施設概要 引用:Lockheed Martin

    SNICの施設概要 資料:Lockheed Martin

SNICの名称を逐語訳すると、「水上艦隊向けのイノベーション拠点」という意味になる。ここで行われていることは名前の通りだが、対象は船体とか機関とかいったプラットフォームの部分ではなくて、そこに載せて使用する戦闘システムのほうだ。

ロッキード・マーティン社の説明では、SNICとは「将来の水上戦闘艦が脅威に立ち向かうために求められる能力を、産官学が共同で開発するための拠点」だという。戦闘任務だけでなく、ウェポン・システムの維持管理や訓練まで対象に含めている。SNICで掲げている重点分野は、サイバー・セキュリティ、ビッグデータ分析、モデリングとシミュレーション、ディスプレイ技術、状況認識など、多岐に渡っている。イージス戦闘システムの開発にも関わっているという。

それらは最終的に「艦載戦闘システムの実現」という目的につながっていくわけだが、その研究~開発~実証~展開~維持管理というライフサイクルを、いかにして効率の良いものにしていくか。そこでxR技術の活用も当然ながら考えられている。xRに限らず、新しいアイデアを実際に試す場としてSNICがあるわけだ。

また、SNICのポイントは「産官学のコラボレーション拠点である」というところ。進歩が早い民間分野の技術をいち早く取り入れる、あるいは取り入れられないかどうかを試す。そういう拠点として機能している。xR技術は民間での動きが速い分野の1つだから、当然ながら対象に入る。

ロッキード・マーティン社がSNICを開設したのは2014年11月のこと。筆者が訪れた昨年12月の時点で、すでに5年の歴史があったことになる。

実物と同じCICにVRの合わせ技

無論、すべての区画を見せていただいたわけではないのだが、多くの時間が割かれた場所は、いわば「陸揚げされた戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)」とでもいうべき部屋だった。

CICとは艦艇の戦闘指揮所。レーダーをはじめとする各種センサーからの情報が集まり、それをコンピュータ(指揮管制装置)に取り込んで整理統合した上で表示する。乗組員はそれを見ながら状況を判断して意思決定を行い、必要とあらば交戦を指示する。そうした作業のために、複数のコンソール(操作卓)を用意して、「対空」「対水上」「対潜」といった分野別に配置しており、それぞれに担当者をつける。

そのCICと同様に、実艦で用いるのと同じコンソールが、SNIC内の一室に置かれている。ところがそれだけではなくて、そこにVR技術を持ち込んでいる。

コンソールのユーザー・インタフェースなら、基本的には画面上の話だから、VRを持ち出さなくても、いろいろな形態のものを試行できる。しかし物理的な「モノ」が関わってくると、話は別。いちいち「モノ」を作らないといけない。しかしVRを活用すると、事情が違ってくる。物理的な本物を用意しづらい、あるいは用意するのに手間がかかることがあっても、それはVRで用意すればよい。

そこでVRヘッドセットを身につけて、自分が「戦闘システム担当士官」になったつもりで、目の前に現れる仮想のCICの中を行き来したり、機器を操ろうとしたりする。ただ、不慣れな身ではなかなかうまくいかないもので、「初めて触る人には荷が重いなぁ」というのが正直なところであった。

しかし、そこで「何がうまくいかなかったか」を知るのも大事なこと。「どういうところが改良を要するか」を把握する役に立つかもしれないから。新しいコンセプトやアイデアが出てきた時に、「まず作って試してみる」。そういう場面では、xR技術の有用性は高い。

このほかSNICでは、艦上でのメンテナンスにおける拡張現実(AR : Augmented Reality)の活用、なんていうことも考えているという。

  • 電子機器のメンテナンスにおけるAR活用のイメージ 資料:Lockheed Martin

    電子機器のメンテナンスにおけるAR活用のイメージ 資料:Lockheed Martin

SNICでは、艦載機器の3Dモデルも用意しているそうだ。それを利用すると、洋上にいる艦で何かトラブルが発生したときに、解決策を指示する役に立つかもしれない。現物が目の前になくても、3Dモデルを活用することで、問題の部位にアクセスするとか、機器や部品を交換するとかいう場面に対する支援ができる。

もちろん、こうした情報は、新しい艦を設計・建造する際にも役に立つ。「イージス戦闘システムを構成する電子機器のキャビネットを、機能や整備性を損ねないように艦内に収めるにはどうすれば良いか」なんていうことになった時に、いちいち実大模型を用意しないで検証できる。もちろん、検証の過程ではVRも利用できるだろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。