前回は、「F-35のサプライチェーンに加わっている企業の中に、中国企業の傘下にある会社が含まれている」という問題を取り上げた。F-35においては、これ以外にもサプライチェーンにまつわるゴタゴタが起きた。それがトルコ問題である。

F-35のトルコ問題

トルコはT-LORAMIDS(Turkish Long Range Air and Missile Defence System)計画の下、2013年10月に、中国の中国精密機械進出口総公司(CPMIEC : China Precision Machinery Export-Import Corp.)が提案していたFD-2000地対空ミサイルの採用を決めた。これは紅旗9(HQ-9)の輸出向けモデルである。

ところが、これが他のNATO諸国から総スカンを食う事態になり、2015年11月にキャンセルが決まった。トルコはNATOの一員だから、NATOの防空指揮管制システムに組み込まれている。そこに中国製の地対空ミサイル・システムを接続するなんてとんでもない、という理由による。

ところが、トルコはその後で、ロシア製のS-400地対空ミサイルを調達すると言い出した。クリミア情勢やウクライナ情勢などを受けて、2014年あたりからNATOの対露関係は冷え込んできているが、そうした中でロシアから地対空ミサイルを調達しようというのだから、皆があっさり納得するはずもない。

しかも、ロシア製のミサイルを配備すれば、それをサポートするためにロシア側の要員がトルコ軍に出入りする事態は避けられない。そしてトルコはF-35計画のレベル3パートナーでもあり、F-35A・100機の調達を計画していた。すると、S-400が使用する捜索レーダーや射撃管制レーダーでF-35をどこまで捉えられるかという情報が、ロシア側に伝わる可能性が懸念される。

そんなこんなの事情により、アメリカはS-400の取得中止をトルコに要求した。そして、まずトルコにおけるF-35導入に関わる支援を停止したのに続いて、「2019年7月末までに決定しなければF-35計画から排除する」との最後通告を実施した。

これは、単に機体の引き渡しやパイロット・整備員の訓練を止めるというだけでなく、トルコ企業をF-35のサプライチェーンから排除するというもので、実際、この通告の通りになってしまった。

トルコ企業はさまざまな分野でF-35の生産に参画しているが、中でも大物といえるのは、ノースロップ・グラマン社に続くセカンドソースとして手掛けている、中央部胴体であろう。

最後通告に「トルコ企業をF-35のサプライチェーンから排除する」という条項を盛り込むからには、代替供給源の目処は一応ある、と考えるのが自然だ。とはいえ、よもやこんな事態になろうとは、以前には想定していなかったのではないか。総元締めのロッキード・マーティンから見れば、これも1つのサプライチェーンリスクである。

もっともF-35計画の場合、一度決定したサプライヤーがずっと納入を続けられるとは限らず、価格などの条件次第では別のサプライヤーに乗り換える可能性はある、ということになっていた。

だから、サプライチェーン管理の仕組みを構築する際に、サプライヤーが途中で変わる可能性は考慮しているだろう。それにしても、こんな形でサプライヤーが変わるとは、である。

偽造電子部品の問題

前回に取り上げたエクセプションPCBは回路基板のメーカーだったが、その回路基板に実装する半導体部品についても同様に、サプライチェーンリスクの問題が指摘されている。

2010年5月に、米議会の付属機関である政府説明責任局(GAO : Government Accountability Office)が、米国防総省のサプライチェーンに関する報告書をリリースした。そこで指摘されたのは、「留め具からミサイル誘導用の半導体に至るまで、たいていのパーツに偽造品が潜り込むリスクがある」という話だった。

どういうことか。まず、トレーサビリティ、つまりパーツを特定したり、出所を追跡したりする能力の限界に関する指摘。それに加えて、問題解決のための取り組みが進んでいないという指摘であった。その後の2013年には、「疑惑のパーツが100万点も見つかった」という話が出てきた。

民生品でも、安価で粗悪な贋物の半導体チップを使った製品が問題になることがある。身近な事例だと、デジタルカメラやスマートフォンなどで使用する各種メモリカードがある。一流ブランド品のつもりで買ったら、実は偽造品でした、というわけだ。

民間レベルでもありがたくない話だが、これが軍の装備品で使用する製品となると、国家安全保障に関わる大問題となる。品質の問題だけでなく、偽造半導体部品の中に「余計なもの」が組み込まれる可能性も懸念される。

そこで、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が2014年に立ち上げたのが、SHIELD(Supply Chain Hardware Integrity for Electronics Defense)計画。個々の半導体部品に「身元証明」をつけるのが目的だ。

それを実現する手段は、「dielet」と呼ばれる超小型半導体チップ。100ミクロン四方(1ミクロンは100万分の1メートル)という小さなチップの中に、暗号化エンジン、センサー、アンテナなどを内蔵するとともに、個体識別用のIDも書き込むというものだ。

暗号化アルゴリズムは、民間でもおなじみの標準暗号AES(Advanced Encryption Standard)で、鍵長は256ビット。また、紫外線、X線、高電圧による細工も検出可能とする考えだという。

「dielet」に書き込まれたデータは、アンテナから無線を通じてiPhone用のアプリで読み出せるようにする。それが受領検査の際の身元証明になるわけだ。品目別ではなく個々の品物ごとに固有のIDを割り当てれば、トレーサビリティ確立の手段にもなりそうだ。

  • SHIELDの概要 資料:DARPA

    SHIELDの概要 資料:DARPA

  • SHIELDのキーコンポーネント 資料:DARPA

    SHIELDのキーコンポーネント 資料:DARPA

DARPAは別件で、IRIS(Integrity and Reliability in Integrated Circuits)というプログラムも走らせている。こちらはソフトウェア開発案件で、先進走査用マイクロスコープ(ASOM : Advanced Scanning Optical Microscope)を利用して、電子部品を光学的に検査するとともに証拠を確保するものだという。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。