どんな工業製品でも、研究開発・設計・製作を経て最初の製品が完成しただけでは、実用品として売りに出すことはできない。要求仕様通りに造られているか、要求仕様通りの性能を発揮できるか、十分な耐久性はあるか、不具合はないかといった点を検証するプロセスが不可欠である。

試験の例 : 航空機の強度試験

対象となる製品や分野によって試験の内容は千差万別だが、その試験の作業を人手に拠らず、コンピュータ制御で行う事例がある。例えば、飛行機の強度試験がそれだ。

飛行機の胴体や主翼といった機体構造部は、もちろん所定の強度を備えている必要がある。どのような運用条件でどのような飛び方をするかという条件が明確になれば、機体のどの部分にどの程度の荷重負荷がかかるかを計算できる。

だから、それに耐えられる強度を持っているかどうかを検証する作業が必要になる。これがいわゆる静荷重試験である。

ところがさらに、金属疲労という問題がついて回る。拙稿「航空機の技術とメカニズムの裏側」の第1回で書いたように、フライトの度に伸縮する胴体や、弾性体として造られていて飛行中は上下方向に動く主翼では、特にこれが問題になりやすい。

つまり、ある量の荷重を1回かけて壊れないかどうか、というだけでなく、ある量の荷重を何回も繰り返しかけても壊れないかどうか、という試験も必要になるということだ。

昔はこの手の試験を行うのに、人手を使ってアナログな方法で試験を実施していた。例えば、主翼の静荷重試験を行うのであれば、供試体の上に錘を積み上げる。どの部分に何kgの錘をいくつ積むかで、荷重条件を変えることができる。というよりも、荷重条件に合わせて錘を積むというほうが正しい。

これでも試験はできるが、あまり効率的な方法とは言い難い。繰り返し荷重をかける疲労試験になると、荷重をかける場所や荷重の量だけでなく、荷重をかける回数も問題になる。それをきちんとコントロールして、試験の際に設定した条件通りにやらないと、試験にならない。

そこで、コンピュータ制御の油圧ジャッキが登場する。これを供試体に取り付けて、プログラムしたとおりに荷重をかけたり抜いたりする。こうすれば、当初に設定した条件通りの試験を、正確に行える。しかも人手がかからない。

軍用機ではないが、ボーイングが公開している、787の疲労試験について説明する動画「Boeing 787 conducts fatigue testing」を紹介しよう。

試験の例 : ミサイルの誘導制御

「軍事とIT」なんていう連載が成立するぐらいだから、当節のウェポン・システムはコンピュータ制御の部分が多い。ミサイルや誘導爆弾の誘導制御セクションも、その例に漏れない。

そもそも、メカニカルな制御やアナログ電気回路による制御では、今のミサイルに求められる複雑精緻な誘導制御や、敵の妨害に対処するための機能を作り込むことはできない。コンピュータ制御にして、誘導制御や妨害対処など、さまざまな条件を想定したプログラム・コードを書く必要がある。

では、その誘導制御セクションが能書き通りに機能するかどうかを確認するには、どうすれば良いか。

無論、最終的には誘導制御セクションの現物を製作して、実際にいろいろな目標に向けて撃ってみる必要がある。しかし、1つ手直しをする度に実物を作って撃ってみるのでは、時間も費用もかかりすぎる。

制御ロジックを熟成する段階では、重要なのは「どんな条件を入れたら、どんなアウトプットが出てくるか」であって、それはソフトウェアだけで完結する話といえる。

それであれば、プログラム・コードを書いて実行して、そこにさまざまな条件を与えてみる。それに対して、試作したコードがどういうアウトプットを出してくるかを確認する。

ここまでの作業なら、いってみればソフトウェアをデバッガにかけるようなものだから、コンピュータ上で完結させられる。ただし、大事なのは「さまざまな条件」の部分で、そこが不十分だったり不適切だったりすると、出来の悪いソフトウェアができてしまう。テストで難しいのは、適切なテストケースを用意することなのだ。

その、コンピュータ上でのシミュレーション試験によってコードを熟成するとともにバグを取っていって、一通りの検証が済んだところで実物を使った試験に移行する。こうすることで、経費と時間を節約できる。

ミサイルの誘導制御に限らず、コンピュータ制御によって動く何かを対象とする試験であれば、いずれも制御ロジックの熟成が必要であり、同じようにして試験と熟成を進められるのではないか。

試験の例 : セキュリティ関連の試験

ところが、こうしてコンピュータ制御に依存する部分が増えてくると、今度はサイバー・セキュリティという課題が出てくる。ことに近年では、スタンドアロンで動作するのではなく、ネットワークにつながって何かをするものが多くなってきているから、そこに攻撃者が「わるさ」をする糸口ができる。

F-35では機体の運用状況管理やコンディション管理、スペアパーツの供給管理など、機体の運用を支援する一切合切のデータ管理を司るALIS(Autonomic Logistics Information System)というシステムを使う。以下、ALISの動画「ALIS: Keeping the F-35 Mission Ready」を紹介しよう。

すると、ALISが不正侵入の被害に遭うようなことになれば一大事である。大事な情報がみんなALISの中に詰まっているからだ。

当然、海外派遣任務があれば出先の基地からネットワークにつないでALISを利用することになる。すると、そのネットワークは安全なのか、ALISに不正侵入を可能にしてしまうような弱点はないのか、といった点が問題になる。

そこでALISでは、段階的な開発と機能拡張を図るのと並行して、サイバー・セキュリティ関連の試験・検証も実施している。大規模なシステムだからテストケースも膨大になることは容易に予想できるし、実際、試験には手間取っているようである。

しかし、だからといって試験をやらないわけにはいかない。手抜きをした挙げ句にセキュリティ事故に見舞われて、それから大慌てなんていうことになれば、最悪である。

そんなわけで、コンピュータ制御のシステム、ネットワーク化されたシステムが増えてきた上にサイバー攻撃の脅威が顕在化している昨今では、そちらの分野の試験・検証が結構な負担になってきている。しかし、だからといって「サイバー攻撃が怖いのでメカニカル制御に戻します」というわけにも行かない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。