本連載の第5回で、F-35における兵站支援面の変革を取り上げた。その時は基本的な原理・原則の話で終わってしまったので触れていなかったのが、F-35の兵站支援体制「ALGS(Autonomic Logistic Global Sustainment)」を支える情報システム、すなわち「ALIS(Autonomic Logistics Information System)」である。

ALISの仕事

似たような頭文字略語が立て続けに出てきてわかりにくいかもしれないが、ALGSとは「F-35を対象とする兵站支援の枠組み」を指している。その兵站支援業務を司る情報システムの名前が「ALIS」である。ちなみに、関係者は字面そのままに「アリス」と呼んでいる。

普通、戦闘機を飛ばすには、不動産として滑走路と駐機場と格納庫、道具立てとして工具類や支援器材・試験機材、そして消耗品として各種のスペアパーツや燃料・武器・弾薬が必要になる。そのほか、パイロットが身につけるフライトスーツやヘルメットといった装具類も必要だが、その話はおいておくとして。

このような品々はF-35の運用でも同様に必要となるのだが、従来の戦闘機とF-35が大きく違うのは、F-35はITインフラも用意しないと飛ばせないところ。そのITインフラはALISのために必要となる。

なにしろ、機体の運用状況も、必要となるスペアパーツに関する情報の入力や管理も、交換が必要になったパーツや搭載機器の請求・払い出しも、みんなALISの仕事である。

ALGSの下では、世界中のF-35カスタマー(確定している分だけでも、アメリカ、イギリス、オランダ、デンマーク、イタリア、ノルウェー、オーストラリア、日本、韓国、イスラエル、トルコ)がスペアパーツやその他の予備品をプールする。

従来なら、同じ機種を使っていても整備・補給・予備品在庫は各国でバラバラに行っていたが、F-35では話が違う。そして、メーカーと官側がパートナーシップを組んで、メーカーはスペアパーツや搭載機器の製作・納入に責任を持ち、官側は納入されたスペアパーツや搭載機器の管理・配送に責任を持つ。

それを世界規模でやろうというのだから、紙の上で仕事をしていたのでは間に合わないし、手間がかかりすぎる。当然、すべてのカスタマーをコンピュータ・ネットワークでつないで、コンピュータ上で情報管理を行わなければならない。それが、ALISが受け持つ重要な仕事である。

また、機体、あるいは機体に搭載した機器の動作状況に関するデータをリアルタイムでとろうとすれば、機体と地上を結ぶデータリンクが必要になる。これもまたITインフラの一種と言える。

もちろん、データをとりあえず機上に蓄積しておいて、帰還した後でデータを取り出す方法でも整備の仕事はできる。しかし、リアルタイムでデータをとれると、「帰還した時は、もう交換用のユニットが飛行列線で待機していた」なんていうことも(理屈の上では)実現可能だ。

そこまでできれば、帰還した機体が再出撃可能になるまでに要する時間、すなわちターンアラウンドタイムの短縮につながる効果を期待できる。もっとも、搭載機器の不具合対処だけ早くできても、燃料や弾薬の搭載には別途、時間がかかる。だから、燃料・弾薬を搭載している間に不具合対処ができればよい、という考え方も成り立ち得る。

ひょっとすると、急旋回の度が過ぎて荷重限界値を超える、いわゆるオーバーGが発生したら、機体だけでなくALISにも、しっかり記録が残ることになるかもしれない。飛行時間は維持管理の基本単位だから当然記録されるだろうが、激しい機動を行う戦闘機の場合、それだけでは済まないと思われる。

ALISのイメージ図。単に補給品の動向を管理する物流システムというわけではなくて、F-35が飛んで、戦えるようにするために必要な作業すべてを司る Photo:USAF

ALISを運用するには

ということは、F-35を配備・運用する基地にはすべて、ALISを利用するためのコンピュータ・ネットワークと、そこに接続するクライアントPCが必要になるということである。

常に母基地(ホームベース)にいて、そこから動きませんということなら、その基地に所要の通信回線とコンピュータ機器を設置すれば話は済む。しかし実際には、演習や訓練や実任務で別の基地に展開する場面が出てくるから、機動性を持たせた通信機材とコンピュータ機器がなければ使い物にならない。

ことに米軍の場合、アメリカ本土とその周辺だけでは話が済まない。ヨーロッパにも中東にもアジア太平洋地域にも展開する。当然、展開先にもALIS用の通信機器とコンピュータ機器を連れて行くことになる。

米空軍では、ユタ州のヒル空軍基地で最初の実働部隊を編成する過程で、アイダホ州のマウンテンホーム空軍基地に出張訓練に出る機会をつくった。もちろん、マウンテンホームにいるF-15Eストライクイーグルと共同訓練を行う機会をつくる狙いもあったろうが、たぶんそれだけではない。

つまり、母基地を離れて別の基地に展開して、その出先でALISを活用しながら機体を運用するプロセスが、問題なく機能するかどうかを確認する狙いもあったはずだ。

それでも、ユタ州とアイダホ州なら近所だから、まだいい。来年の初めには、米海兵隊のF-35Bが岩国基地にやってくる。アメリカ本土から地球を半周近く移動する海外展開である。

そして将来、米海兵隊のF-35Bが米海軍の揚陸艦に展開したり、米海軍のF-35Cが空母に展開したりするようになれば、動くフネの上からALISにアクセスする必要が生じる。コンピュータ機器は陸上で使用するのと同じものを持って行けばよいだろうが、通信回線は話が違う。たぶん、衛星通信回線が必要だ。

そしてもちろん、情報システムであるからには、しかるべきセキュリティ対策も講じなければならない。

ちなみにこのALIS、実戦部隊だけでなく、アメリカ本土の訓練部隊や試験部隊でも使っている。すでに行われている多数の試験飛行や訓練飛行も、みんなALISの管理下に置かれているというわけだ。ALIS自体の機能追加やバージョンアップに加えて、実運用経験を反映した手直し、そしてもちろんバグの修正も行われているはずだ。