「昆虫食」が密かなブームである。

…とはとても言えないが、「昆虫食をブームにしたい」というムーブは感じる今日この頃である。

ただし、タピオカのように一過性ブームにして、渋谷ではイナゴにJKが長蛇の列とか、インスタには上目遣いでコオロギを頭から吸っている自撮りだらけ、という風にしたいわけではない。

昆虫食にどうにかスポットを当てようとしているのは、今後日本にも起こるかもしれない「食糧難」を救う鍵が「昆虫食」にあるからだそうだ。

パンが無いならイナゴを食べればいいじゃない

日本はもはや先進国ではない、と言われているが食に関しては豊かであることは否めない。コロナショックでもパスタが買い占められたり、ホットケーキミックスがフリマサイトにて転売されたりと別の意味での地獄は展開されたが、本格的に食う物がどこにもない、という事態にはならなかった。

しかし今回のように世界的な危機が起こり、世界中が自国の食料優先で輸出をしなくなったら、自給率が低い日本も食糧難に陥る可能性は十分にある。

そのために米や野菜、畜産の自給率を上げるのも重要だが「食い物の定義」を広げることも大事だ、ということである。

確かに「カレーは飲み物」と同じノリで「虫は食い物」と言ってしまえば、今日本にいる食える虫は全部「食料」ということになるので、それだけでも食料自給率アップである。

しかしそれだけでは、体中の毛を剃って「100グラムのダイエットに成功!」と言っているようなものだ。

「食べ物」と呼べるレベルまで昆虫を加工調理し、さらにそれを「食料」として一般化させるという巨大なハードルがある。

日本において、昆虫食という文化が今までなかったわけではない。

昔から、イナゴやハチの子の佃煮など有名な昆虫食もある。しかし局地的であり、慣れている人間以外には「ゲテモノ」と思われていることは否めない。「イナゴはエビみたいで美味いよ」と言っても「だったら俺はエビを食うぜ」と返されるのが現状である。

ちなみに、何故虫なのか、他にも何かあるだろう、昆虫を口に入れるぐらいならまだネジとかしゃぶって鉄分を補給した方が良いと思うかもしれない。

しかし、昆虫はネジより栄養が豊富であり、確保のしやすさから言っても、次期新しい食料として相応しいのだという。

だが「意外と美味いし栄養もある」と言われても、カルビがあるならそっちを食ってしまうのが人情である。

しかし今後、そのカルビが確保できなくなる未来が来るかもしれないというのだ。

その時になってタガメを原型で食えと言われても辛いだろう。そんな日が来たときのために今から抵抗なく食べられる昆虫食の開発、そして我々が昆虫食に慣れていおく必要があるのかもしれない。

  • これこそインスタ蠅ガチ勢? タピオカの次は昆虫食かもという真面目な話

虫のイメージアップキャンペーンが増えるかもね

そんな世界的問題の解決になり得る「昆虫食」の普及に名乗りを挙げたのが、あの「無印良品」である。

無印と言えばシンプルオシャレの代表格で、私のような汚部屋の住民からすると無印で構成された部屋は憧れである。

実際、部屋の全てが無印ブランドで統一され、生活感が一切ない部屋を見ると「サイコパスが住んでそうだな」と思うのだが、「イメージが良い」のは確かであり、この無印の援軍は昆虫食にとって頼もしいことだろう。

なぜなら昆虫食最大のハードルはやはり味ではなく、「イメージの悪さ」だからだ。

虫が好きな人もいるだろうが、やはり「気持ち悪い」と感じる人も多い。食にとってイメージというのは非常に大きい。どれだけ美味いキーマカレーでも、巻グソ状に盛り付けるだけで人は食欲をなくすのだ。

なによりも、まずは「虫感」をなくすことが大事である。

今までの昆虫食と言えば「虫でございます」と虫の原型を残したものが多い印象だったが、よく考えて見てほしい、カルビに牛の原型が残っているだろうか。むしろ残っていたら一般家庭で消費するのは不可能である。食べ物に原材料の原型が残っている必要は皆無、むしろ邪魔なぐらいなのだ。

よって無印がこの度発売して人々をざわつかせた「コオロギせんべい」も全くコオロギの面影はない。ただの白いせんべいである。あまりにただの白いせんべいなので、「コオロギいれる意味ある?」というような感想もあったが、逆に言えばコオロギの原型を残す意味の方がないのだ。

しかし「コオロギが入っている」というだけで、味も見た目もただのせんべいでも、若干テンションが下がってしまうことは否めない。それぐらい虫に対する負のイメージは強い。

ならば今度は「美容」と結びつけてみてはどうだろうか。

美容はとにかく強い。元々にして、肌に良いと言われれば、カタツムリだろうが毒蛇だろうが、喜んで顔に貼りつける我々である。

虫でもサプリ状にして美容にいいと言えば、何のためらいもなく口にいれるだろう。そこから、虫を口にいれることへの抵抗をなくしてみてはどうだろうか。

虫のビジュアルが勝つか、我々の美容に対するクレイジーマインドが勝つか、真っ向勝負である。