「あえて非正規」

今到底無理なスケジュールを抱えた炎尾燃がロフトベッドを駆け上がっていく雄姿が見えた。

つまり、全然名案でないことを勢いよく言うことで、あたかもグッドアイディアのように見せる手法である。

しかし、炎尾ほどの漢が尖りまくった吹き出しで「あえて…寝るっ!」と言っても、アシスタントたちは「妙案!」とは思えず、驚愕してしまっていた。

炎尾ですらこれなのだから、そこらのネット記事が「あえて非正規」と言っても、多くの人は懐疑的な様子である。

しかし、最近読んだネット記事によると、現在正社員になれないのではなく、あえて非正規を選ぶ人が増えており、自由度と幸福度が高い働き方として注目されているらしい。

  • 「はしご」が外れても大丈夫という人は気にせずのぼりましょう

    「はしご」が外れても大丈夫という人は気にせずのぼりましょう

思い出して欲しい、お立ち台でジュリアナだったあの頃を

完全に「フリーターこそがイケていて新しい働き方」とメディアが言っていた時代の再来であり、多くの老たちは「騙されるな」と警鐘を鳴らしている。

しかし「あえて…フリーランス!」と言いながら、ロフトベッドのはしごをケツで滑り降りてる身として「あえて非正規」も完全に間違いとは言い切れないところがある。

まず、安定や社会保障という意味では正規社員に勝るものはない。

このご時世、会社が爆発四散してしまうこともあるが、それでも失業保険など、職を失った後のサポートは正規社員が一番手厚い。

最近はバイトでも一定条件を満たせば社会保険に加入できるようになっているが、雇用が安定していないという部分は変わっておらず、これは非正規全般に言えるところだ。

逆に言えば一度入ってしまえば、どんなボンクラでもそう簡単に解雇はされないのが正規の強みだ。

ボンクラを解雇したければ、まずボンクラが少しでも使えるように会社側が粉骨砕身努力し、それでも「何の成果も得られませんでした!」と号泣して、やっと正当な解雇理由として認められるかどうかなのである。

もちろん、会社側の無言の圧や自分の使えなさに絶望して自ら自主退職する者も多いのだが、そこを乗り越え不退転の決意で窓サイドに居座り、会社の給料をスティールしつづける「シーフ」という役職に上り詰める者もいる。

非正規より雇用が安定しており、社会保険、福利厚生が充実しており、給与も非正規よりは高い場合が多い、これが正規社員のメリットだ。

ならば逆に非正規の何が正規より優れているかというと、まず出勤日数自体が正規より少なかったりするし、時短やフレックスなど働く時間も短く、さらにそれを自分で選択できる場合もある。

また、非正規社員が社運をかけたビッグプロジェクトを任されることは稀であり、正規社員より業務上の責任が重くない。

あえて非正規社員になることで、時間と心の余裕が持て、その分を趣味や夢を追うのに使えるという寸法である。

つまり非正規の方が、少なくとも拘束時間的には「楽」ということだ。

故に「自由で充実した働き方」といういちご味オブラートに包んだ「楽」に流れて安定や将来性を捨て、30年後に同級生はみんなラウンジで会社名の入った領収を切らせているのに、自分だけ和民系列から抜け出せない状態になることが目に見えている、と「あえて非正規」に否定的な者は多い。 しかし、安定性や将来性よりもさらに大事なものがある、それが「健康」だ。

でも、死に様くらいは自分で選んでいい社会であってほしい

「健康」は大事だ。これを失うと、逆に長期間働けなくなってしまうし、社会生活はおろか日常生活すら困難になってしまう場合すらある。

「労働」というのは世界で一番人間から健康を奪っていったシリアルキラーであり、未だに極刑に処されていないのが不思議な存在だ。

しかし、この世には労働すると死ぬが、しなくても死ぬという巨大なバグがある。

故に「病まないように働く」必要が出て来るのだ。

これ自体「死なないように頸動脈を切る」と言っているようなものなのだが、この世は死なないために死なないように労働しなければいけない、という矛盾に支配されているのだから仕方がない。

おそらく正規社員の標準雇用形態は「週5日8時間労働」だと思われる。

これが標準として設定されている社会こそが巨大な病巣な気がするのだが、何故かそれをやってのけている人間が多数派なため、それがスタンダートになってしまっている。

しかし、この標準に無理して食らいついている者も少なからずおり、無理した結果病んで、長期間再起不能になることも珍しくない。

しかし、正規で働けない者はニートひきこもりになるしかないというデッドオアデッドでは社会が回っていかないので、その間に、アルバイトやパート、契約社員、などの働き方が存在するのだ。

労働はすべからく死なので、デッドオアデッドオアデッドオアダイになっただけだが、死に様の選択肢は多い方がいいだろう。 正規社員になることもできるが、なったら短期間で病んで数年ひきこもる、とわかっている人間が、多少安定性には欠けても健康的に長く働くために「あえて非正規」を選ぶのは正しい選択だと思う。

むしろ「あえて非正規」を、安易な楽を選んでいるだけと糾弾し、正規社員になれという意見の方が「フリーターイケてる」時代から成長がないのではないかとも思う。

しかし、自分の特性ややりたい事を理解し、精査した上で「あえて非正規」を選ぶのはいいが、本当に「何か今はこれがイケている働き方」と思って非正規を選ぶのはあまり推奨できない。

そもそも「イケてる働き方」など存在しない、労働は全て地獄、地獄から耐えられる地獄を選びだす作業でしかないことを、まず教えていくべきである。