1963年(昭和38)以降1995年までのあいだ、写研で開発したほとんどの書体の監修をつとめてきた橋本和夫さん。その文字制作について、あらためて聞く第2回。今回は、文字の増やし方についてまとめたい。

基準12文字

日本語の書体では、ひらがなカタカナや英数字、記号類のほか、膨大な数の漢字をつくらなくてはならない。橋本さんが原字部門の責任者をつとめていた当時は、両仮名などもあわせて約5800字の原字が必要だった。

その約5800の文字を、一定のデザインコンセプトのもと、つくりあげなくてはならない。書体づくりは、まず1人のメインデザイナーによる「基準12文字」の漢字制作からスタートした。12文字とは、次のとおりだ。

  • 基準12文字

「線の太さや間隔など、さまざまなバランスを定められるように、ある程度の部首を網羅して選んだ12文字です」(橋本さん)

基準12文字のデザインが固まると、監修者の橋本さんのもと、鈴木勉氏などがチームリーダーとなり、4~5人のスタッフで分担して一気に増やしていった。漢字を描く順番は一寸ノ巾の順(*1)だった。

「メインデザイナーが基準の12文字をデザインする段階では、感覚なんです。しかしデザイン方針が定まったあとは、横線と縦線は何mm幅など、客観的な判断ができるよう数値化して、効率的に原字制作を進められるようにする。数値化せずに、スタッフそれぞれが感覚で原字を描いてしまっては、ばらつきが出てしまう。感覚的にデザインした書体をいかに生産性というラインにのせられるか 、その規格をつくるのが、監修者とメインデザイナーのひとつの仕事でした」

仮名は別進行

日本語では、文章の約6~7割をひらがな・カタカナが占める。このため、両仮名のデザインは、書体の雰囲気を決める鍵となる。書体制作では、漢字は何人かで分担して制作していくが、両仮名は一人のデザイナーが行う。写研では、漢字を他のチーフデザイナーがまとめている書体も含め、橋本さんが仮名を描くことが多かった。

「不思議なことに、仮名というとぼくに、ということになっていました。漢字は1日何文字という感じで、生産性を考えながらつくっていかなくてはならない。でも、仮名は生産性を重視してつくるものではないんですね。だから漢字の制作と並行して、仮名だけは別にぼくが描くということが多かったんです」

現代のデジタルフォントでも、膨大な数の漢字を制作を進めている一方で、仮名はその制作期間いっぱいをかけて何度も見直しながら、一人のデザイナーが別進行で描くことが多い。ただし、橋本さんは、仮名制作にそこまで時間をかけなかったという。

「以前、仮名書道を習っており、かなアレルギーが少ないということも、短時間で描けた要因のひとつかもしれません。仮名は漢字ができあがるまでにつくればいいということにはなっていますが、1年以上かけて描いたりはしませんでした。一連の仮名原字制作をだいたい1カ月以内、仕事が立てこんでいるときは、注文を受けてから10日間ぐらいで仕上げていました」

ひらがな・カタカナを10日間で仕上げるというのは、現代ではあまり聞いたことのないスピード感だ。橋本さんが「ぼくたちは工場にある原字部門だった」と語る所以がここにある。定められた最小限の期限のなかで、品質管理しながら、工業製品としての文字盤をつくりあげていく。それが写研での書体制作だった。

(つづく)

(注) *1:一寸ノ巾:漢字を部首や画数、音訓で並べるのではなく、形状で探し出せるよう工夫された配列。写研の写植文字盤は、この配列でつくられていた

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。