2019年度のグッドデザイン賞を受賞した、ツインバードの「ハンディースチーマー SA-D096W」。近年、主婦の欲しい家電の上位に挙がる"衣類スチーマー"だが、同社では実は30年以上前から展開している。本製品はそんな同社が2007年に発売し、当時既にスタンダードな商品として定着していた衣類スチーマーのリニューアルに挑戦した商品だ。
重量470グラム(コードを含む)と衣類スチーマーとしては他に類を見ない軽さを誇り、ドライヤーのような独自の形状も異彩を放つ。今回はそんな本製品について、開発背景から経緯、裏話などを"プロダクトデザイン"をフックに担当者に伺った。
「重い」から使いづらい、じゃあ「軽く」しよう
本製品を開発するにあたっては、プロスタイリストの愛用者をはじめ、カスタマーサポートに寄せられる声など、第一にユーザーからのヒアリングが行われた。その結果、衣類スチーマーに対する要望として浮彫になったのは、何よりも"軽さ"だったという。ツインバード プロダクトディレクション部のリーダーを務める武田真和氏は次のように振り返った。
「重いのがネックという声が思った以上に多く寄せられました。重さのせいで、うまく使いこなせない。さらに、もう1つの不満点として挙げられたのは、スチームの出方です。従来の製品では、1回押した後にもう1回スチームが出るまでのタイムラグが3~4秒ありました。連続で押してしまうと、かけ面の温度が下がってしまって、2回目、3回目はスチームが弱くなり水滴が落ちてしまうなどといった問題点もありました。説明書通りに使用していただければそうした問題は起きないはずなのですが、間違った使い方をしてしまうとそうなってしまう。そこでスチームの出方についても改善が必要という結論になりました」
新製品の開発にあたって真っ先に取り組まれたのは、とにかく"軽量化"だ。最終的にスペック上の本体重量は、コードを含めなければ360グラムにまで収まったそうだが、目標段階では、従来の500グラムから半分にあたる250グラムを目指していたという。技術面の担当責任者を務めた、同社商品開発部リーダーの舩山秀樹氏はその経過を次のように明かした。
「衣類スチーマーの心臓部はヒーターです。素材的にはアルミの塊のようなものなのですが、連続的にスチーム出すためには、ある程度の質量が必要になります。というのも、ヒーターは小さくしすぎると熱を貯めておくことができず、湯滴が発生してしまうので、ある程度の大きさもなければならないのです。そこで最終的に、必要な重量を確保しながら、軽さと使い勝手の部分を天秤にかけて、できる限りで一番軽くした結果、この重さになりました」
また、軽量化を図るにあたり、アイロンとスチーマーの両用の仕様ではなく、あえてスチーマー機能だけに特化した。「やはりアイロンのかけ面をなくしたというのが軽量化では一番大きいですね」と武田氏。舩山氏は「技術的には、ヒーターを小さくしたことに加えて、筐体部分とポンプにプラスチックを採用したことも軽量化に寄与しています」と付け加える。
開発メンバーの間では通称"トンカチ型"と呼ばれている、ドライヤーのような形状も本製品の特徴だ。武田氏によると、企画初期の段階からこの形に決まっていたそうだが、開発過程において特にこだわったのは"握りやすさ"だ。
「本体側は円筒型になっているのですが、ハンドル部分は実はオーバル状になっているんです。当初、ハンドル部分も同じ円筒型にする案もあったのですが、それだと手の形状に合わず、しっかりと握れないため、持った時に滑ってしまうという理由で改められました。楕円形にすることによって、握った際に手の方向性がだいたい決まります。例えば弊社のスティック型クリーナーは、握った際に力がしっかり入って変な方向に回っていかないような形状上の工夫がしてあるのですが、それと同じ考え方ですね」
衣類スチーマーは、蒸気を作るための水を貯めておく給水タンクが不可欠だが、その配置にもこだわりがある。舩山氏によると、実は初期の段階ではヒーターの後方にタンクを備えていたが、主に2つの理由で設計が変更されたとのことだ。
「まずはヒーターの後方にあると、タンクそのものの容量を大きくできないこともあり、ハンドル内に配備することになりました。さらに、重心が手元に近いほうが軽く感じられるというのが一般的な理屈なのですが、上側にヒーターがある本製品では、下側に水タンクを設けることで重心バランスを保つことにもつながります」
また、タンクは着脱式を採用している。武田氏によると、このこともこだわりの1つとのこと。「衣類スチーマーには、給水用のカップを用いて注水口から給水するという方式の製品も多いのですが、水タンクだけを取り外して洗面所などに持って行ってセットするほうが使い勝手がいいのは言うまでもありません。メーカー側からしてみても、本体に水が掛かるのを避けたいをというのもあります。蒸気を発生させて使う衣類スチーマーですが防水仕様ではないため、タンクを着脱式にしたことで、故障に対するリスクを減らせるメリットもあるんです」と明かす。
とはいえ、前述のとおり、本製品では1秒間隔で連続で押してもスチームが出るように改良するなど同時に解消しなければならない問題がある上に、「ポンプで水を吸い上げる必要があり、例えば本体が傾いた時にもチューブが下まで届いていなければならないなど、克服すべき技術的な課題が多くてとても苦労しました」と舩山氏。
そして、もう1つユニークなポイントとして挙げられるのが収納スタイルだ。衣類スチーマーにはデリケートな衣類をケアするためのブラシアタッチメントが付属するのが一般的だが、本製品ではこれを本体の前後にセットして収めておくことができ、他の場所に保管しておく必要がないため、必要な時にサッと使うことができるし、紛失も防げる。さらに、本体上部には紐も備えており、フックなどに吊るして保管ができるようになっている。
「使用する際に3回ぐらいアクションあると使い勝手が悪くなってしまうものです。そこで、そうしたアクションを極力減らせる仕様に工夫しました。衣類スチーマーやアイロンは、従来はしまっておいて必要な時に取り出す家電でしたが、今回はハンガーフックなどに吊り下げておいてサッと使える、使い勝手のよさを追求しました。ただ、そうなると常に人の目に触れる存在になるため、デザイン性も重要です。従来はプラスチックぽいそのままの質感でしたが、今回は表面にシボ加工を施し、艶消しのような仕上げにしています。これにより、ハンガーラックに吊るしておいても家電っぽい感じがせず、目立ちすぎず、生活空間に静かに佇むデザインを目指しました」(武田氏)
しかし、こうしたデザインやユーザーの使い勝手へのこだわりが、技術・設計においては次の課題をもたらすことは言うまでもない。「本体の上に紐1つ取り付けるだけとはいえ、素材から吟味する必要があります。ゴムみたいな素材とかいろいろと検討した結果、最終的にはコシのある固い紐を採用したのですが、次にそれが引っ張っても取れたり落ちたりしないような試験も繰り返し行う必要があります。プラスチックの筐体の真ん中に紐を取り付けるというだけで、成型や組み立ても大幅に変わってきます。何も付けない状態に比べるとそれらの工程が増え、耐久性などそれに対する検証、検討事項も自ずと増えるので、こだわればこだわるほど自らの首を絞めるようなものですが、使う人の使い勝手を最優先に妥協せずに1つ1つクリアにしていきました」と舩山氏。
シンプルでソリッドな見た目のプロダクトほど、それを作り上げる、仕上げるまでには見た目には表れない工程や手間が何倍もかかるものだ。本製品の製品化までの道のりもまさにその極致と言えるのではないだろうか。