パナソニックが2021年9月に発売した調理家電「マイスペック」シリーズは、アプリと連携することで自分仕様にアップデートできるという特徴的な製品。このシリーズからは、まずオーブンレンジ「『ビストロ』NE-UBS5A」と、調理機能付きIHジャー炊飯器「『ライス&クッカー』SR-UNX101」の2製品が登場している。
新シリーズ立ち上げの意図からデザインへのこだわりなど、3人の担当者に開発エピソードをたずねた。
パソコンのように、ユーザーがスペックを選ぶ家電
「マイスペック」シリーズのプロジェクトが始まったのは、およそ2年前(2019年)。マーケティングを担当する、パナソニック くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器BU 国内マーケティング部の岡橋藍氏は、マイスペックシリーズ開発の経緯をこう語った。
「いつか使うかもしれないから多機能な製品を買っておきたい、という声は多くあります。一方で、機能が多すぎて使いこなせないという方も多くいらっしゃいました。それに対し、シンプルな基本機能に絞った製品に、あとから自分にとって必要な機能を追加できる仕様にして、ユーザーが自由に機能や製品を選べるようにしたいとの思いから、新シリーズを企画しました。スペックを消費者が選択するのは、パソコンをはじめとするIT機器では一般的なこと。ですが、白物家電に関しては普及率が高いにもかかわらず、今までそうしたものがありませんでした」(岡橋氏)
日本の大手家電メーカーとして、多彩なカテゴリーの家電製品を手がけるパナソニック。「お客様のいろいろなニーズがある中で、検討する余地があるもの」として、オーブンレンジと炊飯器の2アイテムが選ばれた。
そのうち、「ライス&クッカー」の製品企画を担当した商品企画部 調理器商品企画課の高桑恵美氏は、「炊飯器では、メーカーが用意した多くのコースが使われていない事実にフォーカスした」と語る。そこで、炊飯器としてはシンプルな仕様ながら、調理にも使いやすいものとなるよう開発を進めた。
パナソニックでは、「おどり炊き」を代表格とするさまざまなテクノロジーを駆使して、かまど炊きの炊飯に近づける炊飯器を展開しているが、最上位モデルは10万円以上の高級機。一方、マイスペックシリーズの炊飯器は「おどり炊き」を搭載し、標準装備の機能を厳選。ターゲット層に設定した若者を意識し、リーズナブルな価格に抑えた(2021年10月中旬時点で実売価格は45,000円前後。編集部調べ)
マイスペックシリーズの特徴は、ユーザーがよく使うコースだけを登録し、自分仕様の炊飯器にできること。加えて、ネットワーク経由でスマートフォンと接続し、アプリを通してユーザーの好みにあった調理メニューを増やすこともできる。
「当初は調理機能をメインに出すつもりはありませんでしたが、調査をしたところ、若い人たちは炊飯器を調理にも活用している傾向があったのです。そこで、炊飯器としてではなく、『ライス&クッカー』として発売することになりました」(高桑氏)
「あったものをなくす」異例の開発
マイスペックシリーズのオーブンレンジ「ビストロ」NE-UBS5Aの開発も、ユーザーの声を聞くところから始まった。
電子レンジ商品企画課の金田美智代氏は「『オーブンレンジは全部の機能が付いていると安心する』との声が多くあります。ただ、すべての機能を常に使うわけではないので、機能やメニューを必要なときにいつでも追加できる方向性を目指しました」と、開発の意図を説明する。
ライス&クッカーと同様に、ターゲットは20代~30代の若者世代。そのため、「機能を絞って手に届きやすい価格を実現したい」という狙いもあった。
先述の通り、機能を「あと乗せ」できるようにしたのが、マイスペックシリーズの大きな特徴。すでにある資産を使った製品なのかと思いきや、開発はゼロから作り上げた部分が大多数。「ハードウェアからメニュー、制御、アプリまで、ゼロベースで仕組み作りから始めなければならないことも多くありました」と金田氏は打ち明けた。
中でも特に苦労した点として、「シリーズ共通のアイデンティティである『シンプルさ』の追及」を挙げ、次のように補足する。
「『これまでにあったものをなくす』のは、今までの開発とは真逆の方向性です。例えば、グリル皿をなくしたり、スチーム機能をなくしたり。そのため、社内のメンバーからは少なからず抵抗がありました。企画側としては、オーブン機能すらなくすくらいのシンプルさを極めたいと思っていたのですが、社内では『何を残して何を省くか?』の議論を何度も重ねました。最終的には、ターゲット層のユーザーにヒアリングし、実際に使ってもらうなど検証を繰り返し、使いやすいように最適化していきました」(金田氏)
これまでは高性能・多機能の方向で進化を続けてきた、パナソニックのオーブンレンジと炊飯器。マイスペックシリーズでは「あったものをなくす」という思い切った方向へ舵を切り、洗練された製品を目指した。マイスペックシリーズは市場全体にも大きな一石を投じることになりそうだ。