長いことお付き合いいただいた本連載だが、ひとまず今回を持って最終回とすることになった。そこで、これまでに連載で取り上げてきた内容をもとに、航空宇宙・防衛産業界が置かれている現状と、そうした中で日本の航空宇宙・防衛産業界が生き残り、成長していくための私的提言についてまとめてみたい。

そもそも本連載をスタートさせた動機の1つには、F-Xの機種選定とそれに付随して持ち上がった航空宇宙・防衛産業基盤維持の問題があった。ただ、そこで「とにかく現状維持」というだけの意見、あるいは「国産品で海外に打って出ろ」といった具合に、いささか状況が見えていない声ばかりが大きいように見受けられた。

そこで、まずは世界の現況を知ってもらう必要があるのではないか、ということで、海外の事例や現状について、さまざまな切り口から取り上げてきたわけだ。それについて知ることが、結果的に日本の産業の今後の針路について考える役に立つと思ったのだ。

業界の現況についてまとめてみると

防衛産業というと、「銃器・大砲・軍用機・軍艦・戦車などの "武器" を作っているメーカー」というイメージがある。確かにそういう産業も存在しているが、実際には意外なほど裾野やテリトリーが広いし、需要構造も変化している。かつてのように「戦争が起きれば正面装備の大量生産でウハウハ」というほど単純な話でもない。

その防衛産業界の現状に関わるキーワードをいくつか挙げると、前回にも触れた「高度化・複雑化」に加えて、「民生品の活用や民間企業の役割増大」「買い手市場」「競争の激化と寡占化」といったところになるだろう。

まず「高度化・複雑化」。最先端技術を駆使した優秀な装備がなければならず、「量は質を凌駕できない」という認識が、結果として装備品の高度化・複雑化につながり、開発期間の長期化やコスト上昇・スケジュール遅延といった問題を引き起こす素地になっている。

そこで「民生品の活用や民間企業の役割増大」が出てくる。特に情報通信分野において顕著だが、民生品の高度化・ハイテク化が進んだことで、やり方さえ工夫すれば軍用にも耐えられるレベルのものが広く出回るようになった。そこで、既存民生品(COTS : Commercial Off-The-Shelf)の活用によって開発・調達コストの低減や開発期間の短縮を図る動きが一般化した。COTS化によって能書き通りの成果があがっているかどうかはまた別の問題だが、流れを元に戻すことにはならないだろう。

また、冷戦終結後の軍縮、それにもかかわらず任務が減らないという状況の中で、軍の業務を民間企業にアウトソース化する動きが急速に広まった。

この「民生品活用」と「アウトソース化」はいずれも、かつては明確だと思われていた「軍」と「民」の境界線を曖昧にした。すると、たとえば武器輸出規制の問題が生じる。明確に武器と分かっているものなら規制しやすいが、民生品で軍事転用なものをどう規制するかという問題。あるいは、軍の業務を請け負っている民間人の法的地位・法的保護をどうするか、といった問題である。

「武器ではないからOK」「武器だからNG」という単純な線引きは不可能な現状になっているという認識が必要である。そうした状況下で「民生品は輸出できる」「武器は輸出できない」という単純な線引きは難しく、いわゆる「武器輸出三原則等」は、実質的に意味をなさなくなっている。

その軍縮に関連して、「買い手市場」という問題がある。特に欧米諸国では冷戦崩壊後に「平和の配当」を求める声が強まり、軍縮と国防支出の削減につながった。2000年以降に「対テロ戦争」でいくらか持ち直したが、今はまた、財政再建のための国防支出削減圧力が強まっている。

すると、欧米の防衛関連企業は自国の市場だけでは商売が成り立たず、アジアや中東を初めとする海外市場で新たな商機を求める。それが結果として買い手市場化につながり、モノの良し悪し以前に価格・技術移転・オフセットといった条件の競争になっている。おまけに、当座の売上を確保するための技術移転は結果として、将来のライバルを育てるという皮肉な結果につながる。

また、人権問題などの絡みで政治的縛りが大きい欧米諸国のメーカーは特に、相手かまわず輸出する挙には出にくい。どことはいわないが、国連の制裁決議を無視して裏口から輸出するような国の方が有利である。それに加えて、新興武器輸出国の同業者と競合したり、新品だけでなく軍縮で放出された中古品とも競争する羽目になったりと、ライバルは増える一方である。

こうした状況に対して、それぞれの国が独力で立ち向かうことができるのだろうか? 競争の激化は、体力勝負の総力戦と寡占化につながる。最近はどこの国でも、新戦闘機の調達というと同じようなメンツばかりが顔を揃えることでお分かりの通りだ。そして、厳しい競争に耐えられなくなった企業は他の同業者に買収され、結果として寡占化がさらに進行する。

こうした状況の中で、仮に武器輸出三原則等の縛りを全面撤廃して日本企業が海外でのガチンコ勝負に打って出たとしても、勝ち目があるとは考えられない(なにも筆者だけでなく、業界関係者も同様の声が出ている点を認識するべきだ)。では、仕事の確保や産業基盤の維持をどのように図ればよいのか。それが問題である。

共同開発・共同生産に舵を切るべき

現実問題として、「日本には日本独自の要求仕様や運用環境がある」といって、自国だけで開発資金を負担して、自国だけで少量を調達するモデルが今後も成り立つものだろうか。より高度な能力が求められる一方で、日本の財政事情が厳しい現状と、きちんと向き合わなければならない。

だからといって、自国の産業基盤を全面的につぶして輸入に依存する選択肢は、自国の防衛が関わる問題だけに、おいそれとは受け入れられない。

となると、現実的な結論は1つしかない。自国だけですべて完結させるのではなく、海外企業との提携、共同開発、共同生産といった形で事業規模を確保しつつ、その中で自国の要求も入れていくように発言力を獲得するしかない。

ただし、それには武器が要る。つまり、日本のメーカーが共同開発案件に参入するための武器である。それは特定の分野における技術やノウハウかも知れないし、製造能力であるかもしれない。

「カネを出すほど口も出せる」というF-35計画ほど露骨でなくても、こちらが技術力と市場を持って乗り込むことで、相応の発言力とワークシェアを獲得することは不可能ではないと考える。ただし日本の場合、実戦における経験・実績という面で大きなハンデがあるが。

ともあれ、何か「この分野では海外勢に負けない」という分野を見いだし、そこに十分なリソースをつぎ込んで勝負をかけなければ、すべてを守ろうとしてすべてを失う結果になりはしないか。

そこで政府ができることは、共同開発プログラムへの参画を初めとする機会の創造、海外の国、あるいはメーカーとの枠組み作り、各種の優遇措置などによる支援体制作り、そしてなによりも法律・制度面での土台作りである。両極端な意見ばかりが跳梁跋扈することが多い「武器輸出三原則等緩和」の本来の狙いも、そこにある。

実のところ、「武器輸出三原則等の緩和で、日本製の武器を海外に売りまくれる」なんてことを本気で考えている人がいたら、能天気というレベルですらない。そんなことを真剣に考えているのなら、今すぐ本連載を最初から読み返してみていただきたい。

F-Xの件にしても、「従来と同じように、日本国内でライセンス生産できる機体を選定すれば、日本の防衛産業基盤を維持できる」という程度の認識では、それは単に問題の先送りに過ぎない。次の機種選定でまたぞろ、同じ問題が蒸し返されるのは必定である。

むしろ、F-Xの件をきっかけとして、頭の切り替えや業界の構造改革を進める必要があるのではないか。それだからこそ、「武器輸出三原則等」の緩和や、それを受けて実現したイギリスとの共同開発の枠組み作り、といった動きが出てきたのだ。これらのニュースは単独で見ているだけだとピンと来ないが、背景にある事情をずっと追い続けてきた本連載を参考にすることで、理解が容易になるのではないだろうか。

ともあれ、本連載が当初から意図していた結論に沿った方向に現実が流れてきたことで、本連載を続けてきた甲斐があったと思う。長いことお付き合いいただいた読者の皆さんには感謝している。