これまで、陸上・海上・空中の話はしてきたが、宇宙を巡る話は取り上げてなかった。しかし、今日は「航空宇宙・防衛産業」というぐらい、防衛産業界でも宇宙関連の話は欠かせない。そこで、数回にわたり、軍事と宇宙を巡る昨今の状況や産業界の動向をまとめてみたい。

宇宙開発をめぐる考え方の変化

まずは、「宇宙開発を巡る傾向や考え方が、以前とは異なってきているのではないか」と指摘したい。

宇宙開発と言えば、かつての有人宇宙飛行競争あるいは月面着陸を筆頭として、「国家の威信をかけて、大金を惜しげもなく注ぎ込んで大掛かりな宇宙開発プロジェクトを推進する」というイメージがある。しかし最近では、そうした大掛かりな話はあまり出てこないし、出てきても先に進まないことが多い。

「1960年代に人類が月に立ったのだから、21世紀にもなって火星にぐらい立つことはできないのか」と言い出す人もいそうだが、予見できる将来の範囲内で火星に有人宇宙飛行を実現する予定はなさそうだ。

むしろ最近は、宇宙空間の利用が一般化して、多くの国に拡散するというトレンドがある。官民のいずれが主体になるかは国によって異なるが、通信衛星をはじめ、人工衛星を打ち上げて運用する国が増えている。ただし、打ち上げ用のロケット(SLV : Space Launch Vehicle)や衛星をすべて自国で開発・製造できる国は限られるから、そうした国のメーカーが他国の需要によって商機を拡大している。特に、タレス・アレニア・スペース社やEADSアストリウム社といった欧州勢の活動が目立つ。

実はこの分野では、米国のメーカーは自国以外のカスタマーの獲得で欧州勢に後れをとっている傾向がある。その理由については、衛星も武器輸出規制の対象になっていて、それが原因で商機を逃しているからいう指摘がある。このことが米国の衛星メーカーの競争力を阻害しているとして、業界では規制の見直しを求めている。衛星メーカーの競争力減退は自国の宇宙開発計画や軍事分野の宇宙利用にも跳ね返ってくるから、いずれ何らかの対応があるだろう。

ともあれ、宇宙空間の利用が一般化するということは、宇宙関連技術の軍事利用も拡散するという話につながる。このことを認めたがらない人がいるかもしれないが、そもそも軍民の境界などあってないようなものであり、用途や機密レベルぐらいの違いでしかない。

宇宙における軍民のボーダーレス化

このボーダーレス化の典型例が、通信衛星とリモートセンシング衛星だろう。通信衛星にとっては、軍事通信だろうが民間の衛星電話だろうがデジタル・テレビ放送だろうが、ビット列をやり取りしていることに違いはない。

実は、商用通信衛星を軍が利用している例は、日本も含めて多い。今年3月に打ち上げられたインテルサット22号機(IS-22)のごときは、オーストラリア国防省の貸し切りである。当初は一部の能力を借り受けることにしていたが、後にオプション契約を行使して貸し切りにしてしまった。

面白いのは、このIS-22はボーイング社製で、それをILS(International Launch Services)社がカザフスタンのバイコヌール・コスモドロームからロシア製のプロトン・ブリーズMロケットを使って打ち上げたことだ。冷戦崩壊の象徴と言える出来事で、しかも宇宙産業のボーダーレス化が進んでいる典型例である。ちなみに、IS-22が使用しているボーイング社の702バス(衛星の本体。これに通信機器などのペイロードを組み合わせる)は米軍の通信衛星にも使われており、ここでも軍民の境界はないのである。

ILSが3月に打ち上げたインテルサット22号機(IS-22)

リモートセンシングの分野では、可視光線、赤外線、合成開口レーダー(SAR:Synthetic Aperture Radar)といった手段が用いられるが、可視光線を使用する光学衛星は軍民の両方に存在するし、SAR衛星もしかりである。軍だけあるいは民間だけで衛星の打ち上げや維持を賄えず、軍民が相乗りする形で計画を推進している例は、特にヨーロッパでいくつも存在する。技術的な基盤に軍民の違いはないから、相乗りすることで安上がりにできるのならば、そのほうが良いという考えだ。

それどころか、デジタルグローブ社やジオアイ社といった民間の衛星企業が、撮影した衛星写真を米国防総省に納入している。過去の常識からすると、あべこべもいいところだ。この両社、インターネット上で公開されている衛星写真の提供元としても知られているが、その衛星写真のクオリティを見ればおわかりの通り、ヘタな軍用偵察衛星よりも高解像度である。最近では、Jane's Defence Weekly誌のような軍事専門誌に載る衛星写真もこの手の民間企業のものばかりだ。

デジタルグローブ社が販売している東日本大震災後の日本の衛星写真

ただし、軍が保有・運用する偵察衛星には、特定の場所を急いで偵察したい時に軌道を自由に変換できるメリットがある。だから米国の場合、そういう場面ではNRO(National Reconnaissance Office)の軍用偵察衛星を、急がなくてもいい場面では民間企業の衛星をと使い分けているわけだ。

このほか、衛星測位システムとしてお馴染みのGPS(Global Positioning System)も同様で、同じ衛星群が軍民の双方に対して測位機能を提供している。EUが推進しているガリレオも事情は同じだ。

衛星だけでなくSLVにも軍民の差はない

そして、北朝鮮の「衛星打ち上げ」宣言で改めて認識されているように、そもそもSLVと弾道ミサイルは元をたどれば共通する部分があるテクノロジーである。SLVの開発という名目でロケット技術を発展させて、それを弾道ミサイルの開発にも活用するのではないか、という懸念が生じても不思議はない。だからこそ、日米をはじめとする諸国は、今回の北朝鮮による「衛星打ち上げ」に対して警戒感を露わにしたわけだ。

ただし軍用の弾道ミサイルには、兵器としての有用性という観点から、「燃料を常時貯蔵しておいて即時発射を可能にすること」という条件が付くので、使用する燃料の種類によっては、この条件を満たせない。日本のH-IIロケットがこれである。

もっとも、ロシア製の弾道ミサイルみたいに常時貯蔵が可能な液体燃料ロケットもあるので、「液体燃料=発射直前の燃料搭載が必須」ではない点に注意したい。