ニッポン放送とCerevo、グッドスマイルカンパニーが共同開発したラジオ「Hint」が完成した。「カッコいいラジオが欲しい」とニッポン放送アナウンサーの吉田尚記氏が立ち上げたプロジェクトから生まれたワイドFM対応のラジオだ。

「Hint」製品発表会にて(中央が発起人のニッポン放送アナウンサー・吉田尚記氏)

トーン信号を復号できるスマートラジオ

この一風変わったラジオは、パッと見には一般的なBluetoothスピーカーにラジオ機能も実装したものに見える。だが、この製品の本質は実は別のところにある。ラジオというメディアを拡張する可能性、そしてモノにモノを言わせる世界をグッと身近なものにする可能性を秘めているからだ。

1994年に東京FMによって開始された「FM文字多重放送」というサービスがあった。電波のスキマを使ってデジタル信号を送ることで、文字情報を送るというものだった。過去形なのは2014年にこのサービスは終了してしまっているからだ。つまり、FM局はデータ放送を捨てたことになる。

テレビについては字幕放送やお馴染みのdボタンによるデータ放送がよく知られている通りだ。ところがニッポン放送のような中波のAMラジオは、その術をもたなかった。もちろんステレオ化などの拡張はあったが、基本的に新しいことをするためにはデジタル放送やインターネットラジオなど、メディアをメディアで代替するしかなかった。

だが、このHintはラジオなのにデータを聞くことができる。具体的にはピポパでお馴染みの電話のプッシュトーン、技術的にはDTMF(Dual Tone Multi Frequency、トーン信号のこと)と呼ばれる音をデコードし、URLなどのデータに復号することができるのだ。

Hint。高さは約30cmとそれなりに大きい

トーン信号を短縮URLに変換

実は、この機能、すでにトーンコネクトというアプリで実現されている。このアプリを使うと、手元のスマートフォンを使ってURLをピポパ音に変換し、その音が聞こえる位置にいる不特定多数の相手とデータを共有することができる。一般的な共有機能は相手を送信側が選ぶが、トーンコネクトでは受信側が主導権を持つ。トーンを受信するように設定すれば送信側はその受信を拒むことはできない。これによって1対多のデータ送信が実現できるのだ。つまりこれはある意味で音響によるデータ放送だ。

具体的にはDTMF音を4~5個程度組み合わせてデータを送る。ひとつのトーンは数字の0から9までと、*、#、A、B、C、Dの16種類の音を表現できるので、4個あれば16の4乗で理論的には65536種類の情報を表現できる。受け取ったデータは一種の短縮URLに変換される。アプリはそれをサーバーに問い合わせ、本来のURLやタイトル情報を受け取るという仕組みだ。

スマホで1対多の放送ができるという点では画期的だが、受信側はアプリをあらかじめインストールしておき待ち受け状態にしておかなければならない。

ペアリングは不要、データをBLEビーコンで再送信する

Hintは、トーンコネクトの受信アプリと同等の機能を実装し、今後放送局から発せられる(予定の)ピポパ音から取得したURL情報を、BLEビーコンを使ってスマホに再送信する。ここでは、Googleの「Eddystone」プロトコルが使われ、ペアリングすることなく、放送されたデータを受け取ることができるのだ。

AndroidではChromeブラウザが標準機能として実装しているし、iOSでもChromeブラウザを設定して利用できる。Chromeでは、フィジカルウェブ(BLEビーコンが設定された物の近くにある端末にURLが配信される仕組み)、つまり「近くのURL」がデフォルトでオンになっているので、受け取ったコードがGoogleのフィジカルウェブサービスに送信され、ページタイトルなどの情報を取得して通知する。つまり、ただスマホを持っているだけでURLを通知として受け取ることができる。

つまり、Hintがラジオ放送を受信していれば、仮にそのボリュームがゼロだったとしても、近くにいるスマホはBLE経由で送られてくるURLを通知として受け取れる。

放送する側は、いわゆるおしゃべりや音楽の合間にピポパ音を挟み込むだけでいい。「くわしくはこちらでどうぞ」といったコメントにピポパが効果音的に続くイメージだ。技術的には長い長いピポパ音を使ってURLそのものやテキスト、画像といったものを送ることもできるが、人間が理解できる音声の中に挟まる効果音としては1~2秒が限度だろう。それでも、音声でデータを送り、それをフィジカルウェブのビーコンとして再送信できるHintの実装はまさにIoTとして画期的だ。

上部のディスプレイではラジオの周波数を表示。また、上部のギミック全体がボタンになっており、長押しで電源オンオフ、短押しでラジオとBluetoothスピーカーを切り替えられる

幅広い"汎用データ送信機"になりうる可能性も

この実装は、吉田尚記氏が311震災直後にソフトウェア開発者の加畑健志氏(現・株式会社トーンコネクト代表取締役CEO)と出会ったことがきっかけで生まれる。加畑氏はアプリであるトーンコネクトを開発し、さらに今回のHintにもこの機能を実装し、そのBLE拡張までを担当している。「スマートフォンにラジオを読ませる」という発想は、まさにラジオに見えないラジオがラジオでできないはずのアナログ音声によるデジタル情報発信を可能にするというアプローチだ。

エンドユーザーにとって、Wi-Fi機能を持たないHintがスマホに汎用的なURLを送信したように見えるということは、このデバイスがラジオ受信機であると同時に汎用的なデータ送信機であるということでもある。カンのいい読者ならいろいろな活用法を見出せるだろう。ショップや飲食店の店頭に置き、お買い得情報やその日のスペシャルメニューへの案内URLを送信したり、イベントやコンサート会場でバックグラウンド情報を流したりもできる。パブリックスペースでは災害時の案内もできるだろう。発信するビーコン情報の書き換えもAUX端子やBluetooth、微弱FM電波の利用などで複数台のHintを一気に更新できる。これによって実現される多対多のビーコン情報の活用シーンは限りなくある。

音を出さないけれど饒舌なラジオ。音の心地よさに徹底的にこだわったというエンジニアにはちょっと申し訳ないと思いながらも、それがHintに隠された本質でもあると思う。Hintはラジオを変えるかもしれない。そしてそれと同時に敷居の高かったフィジカルウェブの世界を一気に身近なものにするにちがいない。

(山田祥平 http://twitter.com/syohei/ @syohei)