文具ベンダーのコクヨが在宅ワーカーに役立つ情報を発信するWebメディアとして「在宅百貨」なるサイトをオープンした。

コンセプトは 「在宅を冒険するメディア」だという。実に斬新だ。「在宅」という、いわば引きこもりの状態を「冒険」というアクティブな活動に変えることができるかもしれない。こういう発想が出きるというのはすごいなと思う。

  • 在宅百貨のWebサイト。自宅での仕事を「冒険のように楽しむ」アイデアを提案していく

世の中が在宅勤務に向かってきた

個人的にはライターという在宅勤務がデフォルトの個人事業者をずっと続けてきたわけだが、世の中がこちらに向かってきた感じがする。もっともコクヨのサイトは「在宅勤務」ではなく「在宅百貨」だ。勤務ではなく百貨というところに意気込みを感じる。

同社がこうしたサイトをオープンしようとした背景には、コロナ禍における感染対策として在宅ワークが急速に浸透したことがある。オフィスに出勤しないようにすることで感染を防ぎ、出勤せざるを得ない人々の感染も抑制できる。

ただ、2021年3月に同社が実施したウェブアンケートでは、在宅ワークは仕事がはかどると感じている人がいる一方で、オフィスの方が仕事しやすいと感じている人が6割以上という結果が出ている(同社プレスリリースより)。『在宅ワークの在り方はまだまだ発展途上であり、「時間労働制の限界」「仕事上のコミュニケーション不足」「公私の切り替えが出来ず過剰労働」など、企業側、ワーカー側双方において様々な課題を抱えている』と同社は分析する。

同じ家にいて別のことをする家族

在宅ワークの難しさは、そこに存在するメンバー、ほとんどの場合は家族になるが、全員同じ方向を向いているわけではないという点にある。夫はA社勤務、妻はB社勤務、二人の子どもは大学生と高校生といった4人家族を想定しても、それぞれが同じ空間で同じ時間に同じ方向を向いているとは想像しにくい。

モードも異なる。誰かが戦闘モードでも、別の誰かは休息モードだったりもする。全員が仕事や勉強をリモートでこなさなければならない状況になった場合、いったいどうすればいいのだろう。すぐには正解が見つからない。

同じ空間にいるそれぞれの個人が向いている方向がまったく異なり、誰かの犠牲や協力によって誰か一人の利益を後押しするわけではない。組織のオフィスで仕事をする場合は、少なくともそこにいる全員が組織という仮想人物の利益のために業務に勤しむわけで、意図的ではないにせよ、結果として誰かが誰かの邪魔をするようなことは基本的にない。

家での仕事を「冒険」にするお膳立て

居宅を仕事をする場所ではないものと仮定し、その場所を仕事がしやすいようにするためには、他者からの隔離のためのバブルの形成と、その中で、快適に効率よく作業をしやすくするためのお膳立てが必要になる。それをしない場合は意識の変革が必要だ。

コクヨのようなベンダーは、個人や組織が快適で効率のいい作業ができるようにするためのお膳立てを提供してきたわけだが、今回の「在宅百貨」では同じものを売るにしても、これまでとは異なる提案をしようとしている。そこに意識の変革がある。

それは自宅というスペースの中にバブルとしての会社の出島を作ることかもしれないし、最初からバブルを形成するのは無理と判断し、境目がわからなくなる世界観を打ち出すことかもしれない。

家は住むためだけの場所ではなくなる

これまでの在宅勤務は、なんらかの事情で勤務先に行けない立場の人たち、たとえば出産や育児、介護などで通勤が難しいといった人々を救うひとつの手段だったが、コロナ禍のような状況が、より多くの人々をその当事者にしてしまった。誰もが想定しなければならない働き方の形態となった。

この連載でも何度も書いてきたように、この先、ハイブリッドワークが定着し、在宅勤務が働き方の1オプションにすぎなくなるのか、元の木阿弥的に状況が元通りになるのかはわからないが、在宅勤務の手法は確立されていたほうが何かと都合はよさそうだ。

これからはオフィスをもたないバーチャルな組織も増えてくるだろう。最後に頼りになるのは自分が「暮らす」、「働く」といった限定的なものではなく、「遊ぶ」「休む」「眠る」「食べる」など、あらゆる行為のために自分自身が「存在」するスペースだ。

本当はそれはどこだっていい。つまり「住宅」という概念を先に変える必要がある。住宅は住むためだけの場所ではないという発想の転換から始めないと、いろいろなことが食い違っていく。