お金についての2024年の大きなトピックの1つが「新NISAのスタート」です。NISA制度が新しくなって非課税保有期間が無期限になり、年間の投資枠は大幅に拡大されます。新NISAに向けて金融各社が取り組みを進めていますが、今回は決済サービスの現王者であるPayPayとの連携戦略に関して、PayPay証券の番所健児社長に話を聞きました。

  • PayPay証券 番所健児社長

    PayPay証券の番所健児社長

新NISAのインパクト

もともとスマホ証券のOne Tap BUYが社名を変更してPayPay証券となった関係で、同社の取り扱い商品は比較的限られており、従来のNISA向けの商品もありませんでした。

そこで同社は新NISAにあわせてサービスを拡充。1月以降の新NISA口座を受け付けはじめたのが2023年10月でした。番所社長は新NISAについて「非課税保有期間が無期限化され、税制優遇枠もかなり拡大され、ほぼ全ての人が対象となったので盛り上がりがある」と話します。

従来のNISA制度開始時点に比べて投資に向けた政府の後押しも強化され、「貯蓄より投資」への風は吹いている、と番所社長。「制度開始前からこれほど注目されているのは、証券業界としては過去最大のニュースではないか」と言います。

この新NISAにあわせ、PayPay証券では、これまで投資未経験の新規顧客を狙います。もともと、「全世代で投資初心者がマジョリティ」というのが日本の現状です。日本証券業協会の調査では、インターネット取引の証券口座数は4,100万口座に達していますが、個人の金融資産のうち、「株式・出資金」「投資受益証券」「債券」「その他」に分類される運用資産は402兆円程度。「現金・預金」が1,107兆円、「保険・年金準備金」が534兆円なので、まだまだ全体の20%にも満たない状態です(日本証券業協会調べ)。

  • インターネット証券取引口座数の推移

    証券口座の保有数は4,100万口座まで拡大しています(日本証券業協会調べ)

  • 口座保有者の年代比率

    証券口座全体としては50代が最も多いのですが、PayPay証券では30代以下が半数となっているそうです

PayPay証券の累計口座数は80万口座。SBI証券が1,100万口座、楽天証券が1,000万口座をそれぞれ超えている中では見劣りしてしまいます。しかし、2021年2月にPayPay証券に商号変更し、銘柄追加をして以降は、口座数も急拡大。その時点では17.5万口座だったのが、約4.6倍にまで拡大しました。そのうち6割が投資未経験者だったそうです。

  • 日本の個人金融資産残高の推移(日本証券業協会、FACTBOOK 2022)

    日本の個人金融資産残高の推移(日本証券業協会、FACTBOOK 2022)

  • 日米欧の個人金融資産残高の構成比の比較

    日米欧の個人金融資産残高の構成比の比較。現金・預金が多く投資が少ないという日本の特徴が浮き彫りになっています(同)

そしてPayPay証券のNISA口座申し込みは、10月1日の申し込み開始以来2カ月で10万口座を突破したそうです。番所社長は「狙ったターゲットで口座が獲得できている」としており、「ポジティブな意味で驚き」と想定以上の成果だとアピールします。

  • PayPay証券のNISA口座の開設申し込み状況

    PayPay証券のNISA口座の開設申し込み状況。開始1カ月で5万件を突破し、2カ月目でも勢いは衰えずに10万を突破しています

NISA口座ではSBI証券と楽天証券が二強で、他は「飛び抜けて多いところはない」という状況だそうですが、1カ月あたり5万件の獲得数というのは「第3極になっているぐらいの数字」とのことで、同社としても手応えを感じているそうです。

新NISAは、つみたて投資枠と成長投資枠をあわせて最大年360万円まで投資できます。1カ月では30万円です。「月30万円投資できる人はほとんどいないので、ほぼ全ての人がカバーできる」と番所社長。しかも非課税保有期間が無制限です。

従来のNISA制度はこれに比較すればインパクトが弱かったので、旧NISA制度では商品を導入しなかったというPayPay証券にとっても、新NISA制度は「ここまでとは」というほど強烈だったそうです。

結果としてほぼ最後発の参入となったPayPay証券ですが、「貯蓄から投資へ」をリードしていくことがミッションだと番所社長は強調します。インターネットで証券取引をするネットトレーダーは、一時期は流行語のようにもなりましたが、その人口が20年間で増加したわけではなく、現在は「ネットトレーダーの高齢化問題」が生じているそうです。要は、20年前にネット取引を始めた人が、そのまま20年の年を重ねているというのです。

「タイムパフォーマンスが悪いネットトレーディングをする人が増えるのか」というと、そうはならないというのが番所社長の判断。その代わり、毎月自動的に行う積立投資をい行うという「ストックビジネス」にネット証券各社も切り替えていて、番所社長もそこに注力していく考えです。

PayPayミニアプリに注力

PayPay証券のこの2年間の成長の鍵の1つとして、PayPayとの連携が挙げられます。商号をPayPay証券に変更したことに加え、昨年8月にはPayPay資産運用を開始。決済アプリのPayPay上でミニアプリを展開し、そこから資産運用を行えるようにしました。

もともとPayPayはモバイルアプリとしてUIやUXに強いこだわりがあります。他のコード決済アプリと比べても、複数デバイスでログインできたりオフライン決済ができたり、めったにログアウトしなかったりと、使い勝手に優れています。

そこに対してミニアプリとしてPayPay証券が資産運用の機能を提供。決済サービスと同じUI・UXで資産運用が可能という点がメリットです。特に「投資未経験者でも使いやすい、分かりやすいことを追求している」と番所社長はいいます。

4月にはPayPayからの出資を受けたことで人員の支援も行われるようになったそうで、デザインやUXに関してはさらにPayPayと融合された形を目指しているそうです。

「ここ1年数カ月、PayPay連携に力を入れてきた」と番所社長。資産運用ミニアプリでの取扱銘柄を増やし、173銘柄から約500銘柄に拡大するそうです。こうしてNISA口座を活用するのに必要十分な金融サービスへと発展させようとしているといいます。

まずはPayPayミニアプリに注力してユーザー拡大を目指す考えで、特に新NISA口座の獲得を推進するようです。新NISAで物足りない人はネイティブアプリに誘導しますが、スタンスとしては投資初心者をまずは誘導することが狙いです。

PayPayは、登録ユーザーが6,000万人を突破しています。コード決済最大手として、このボリュームがPayPay証券の顧客基盤となりえます。現状、PayPay証券の新NISA口座の10万件も、多くはPayPay経由とのことです。

10月にはPayPayカードを使ったクレジット積立にも対応。積立に対してPayPayポイントを還元する施策も実施していて、ポイント連携も図っています。口座開設不要で始められるポイント投資を含めて、ポイント連携によるシナジーも図られています。

もちろん、PayPayユーザーで他の証券会社でNISA口座を作っている人も多いでしょう。ただ、日本の投資人口がまだ少なく、ボリュームとしてはNISA口座を持たない人の方が多い状況であり、「他社からの移行を促す」のではなく、「初めての投資口座」を作成するユーザーを取り込みたい考えです。

PayPayミニアプリの資産運用から初めて、投資に慣れたらPayPay証券のネイティブアプリに移行して本格的な投資をしてもらう、というのがPayPay証券の期待する流れです。ポイント運用も1,300万ユーザーを突破して、PayPay資産運用の利用を申し込んだユーザーはポイント運用をしている割合も多いそうです。その意味で、ポイント投資が資産運用の入口になっているのは確かなようです。

他社にはポイント運用でも証券口座の開設が必要な場合があり、口座開設が不要なPayPayの簡便さはメリット。より投資に積極的なユーザーとして、新NISA口座への誘導が期待できます。

やはり、このユーザー基盤をいかに生かせるかが鍵となるでしょう。その意味では、ソフトバンクのグループ会社として携帯事業との連携も考えられるところです。ドコモやKDDIもこうした金融連携を進めていますが、PayPay証券としては「マルチパートナーとしてサービスを多様化してやっている」という戦略。

通信と金融の親和性は潜在的にある、と番所社長は認めつつも、「我々の戦い方としては決済を中心としたエコシステムの発展」だといいます。「いいものを作って、プロダクトの方向性を優先的に進めていく」ということです。

これは、楽天グループのポイント経済圏とも一線を画すという考え方です。もちろんポイントの重要性はあり、投信積立でポイントが貯まる仕組みもありますが、PayPayとのシナジーによって決済を中心としたエコシステムを発展させていきたいというのが番所社長の考えです。

さらにもう一つ難しいのがLINEの扱いでしょう。LINE銀行は頓挫しましたし、LINE証券も事業再編となっています。LINE/Yahoo!/PayPayによるLYPプレミアムも開始されたので、幅広い連携自体は可能でしょう。しかし「今のところ検討しているところはない」と番所社長は言います。

恐らく、まずはPayPayとLINEの連携が前提になる、ということでしょう。この連携は現時点でまだ途上にあるため、証券サービスにまで波及するのは当面先になるのかもしれません。

PayPayという巨大決済サービスのユーザー基盤を、PayPay証券がいかに活用できるか。新NISA開始に伴う新規ユーザー獲得競争の行方が興味深いところです。