これまで3回にわたって、ATR42-600の機体概要や体験搭乗レポートをお送りしてきた。今回は締めくくりとして、本連載の本題である「航空機のメカニズム」という観点から、短距離用機材に求められる条件と、それに対してATR42がどう応えているかをまとめてみたい。

短距離路線向けの機材に求められる条件

ATRの製品群は短距離路線向けの機体が中心であり、日本でもそちらの市場を狙っている。記者説明会の席で挙げられた数字は、「2025年までの間に既存ターボプロップ機の代替需要が50機、既存ジェット機の代替需要が30機、新規路線開設に伴う需要増が20機、トータル100機の需要を見込む」というものだった。

長距離路線なら、巡航高度を高くとるほうが燃費効率がいいし、スピードを高めるほうが所要時間短縮につながる。ところが、短距離路線では飛行時間全体に占める巡航時間の比率が下がるから、巡航速度をいくらか引き上げても、所要時間の短縮効果には限りがある。本当に大事なポイントは別のところにある。

まず、短距離路線が就航するような空港は滑走路が短い。すると、離着陸時の滑走距離の短さが重要になる。実際、体験搭乗で訪れた沖永良部空港の滑走路は1,350mしかない。

また、利用者の絶対数が少ない中で安定した収益を上げて路線を維持していかなければならないから、経済性はとても重要である。経済性を無視していい民航機は存在しないが、中でも短距離路線向けの機体はシビアである。

では、運航経費の低減につながるポイントとは何か。いくつか考えてみた。

  • 燃費がいい
  • 整備性がいい
  • 故障しない
  • 部品の寿命が長い
  • 地上支援機材が少なくて済む

ATR42は床面が低く、しかも貨物室の位置は機首側面だから、トラックを横付けするだけで貨物の揚搭ができる。すると、地上支援機材の所要が減るし、揚搭作業を迅速に行える。飛行機だけが経費低減の対象ではない。

また、ターンアラウンドタイムが短ければ運航効率が上がり、機材を有効に使えるので、これも経済性を高める。

運航経費を下げるためのメカニズム

前述したような条件を満たそうとすると、複雑で凝ったメカニズムは邪魔である。できるだけ、実績があってシンプルで信頼性が高いメカニズムが求められるだろう。実際、たとえば主翼の高揚力装置を見ると、ごくシンプルなつくりである。

ATR42-600のフラップは、シンプルな一段式。ただし、後方にせり出しながら降ろす仕組みになっている(そのためのガイド部分が右端に見える。途中で切れてしまっているが)

翼端は、単純に切り落とすのではなく、上向きの小さなフィンがついている。誘導抵抗の低減を図ったものと思われるが、大掛かりなウィングレットにすると重くなるのでこうしたのだろう

また、エンジンやアビオニクスも、わざわざ専用品を開発するより、専門メーカーが手掛けている既製品・汎用品を活用するほうが経済的だ。旅客機だけでなく、ビジネス機でも軍用機でも、航法やグラスコックピットの機能を実現するアビオニクス製品は「使えるものなら既製の汎用品」という傾向がある。

もちろん、ATRではさまざまな研究開発を行っているが、あっと驚くような飛び道具を導入するよりも、今ある機体を堅実に改良しながらエアラインの要望に対応していく、との考えが強いという印象だった。

コストという観点からすると部外者には忘れられがちだが、乗員の訓練や、スペアパーツの供給といった課題もある。訓練に費用や時間がかかるとか、交換用スペアパーツの供給が滞るとかいうことがあれば、結果的にコストを押し上げる要因となる。

ATRの場合、本拠地であるフランスのツールーズに加えて、アメリカのフロリダ州マイアミやシンガポールにも、スペアパーツ供給用の拠点がある。それらの拠点から、迅速にパーツを取り寄せる体制を作ることが、日本における拡販に際して不可欠な要素になるはずだ。

日本で最初にATR42-600を導入したのは天草エアライン。日本エアコミューター(JAC)は2番手である

では、乗員の訓練はどうか。大手のフルサービス・キャリアなら自社で運航乗員の訓練を行うケースもあるが、中小エアラインでは話が違う。他社に訓練を委託するとか、経験者を雇い入れるとかいった方法が中心になるだろう。

実際、機体メーカーが自社製品のカスタマー向けに訓練施設を設けている事例は、旅客機だけでなくヘリコプターでも少なくない。また、シミュレータを初めとする訓練機材を手掛けているメーカーが、訓練業務まで受託している事例もある。

ATRの場合、訓練体制については「あらゆる選択肢を考慮に入れている」とのことだった。カスタマーの要望やお家の事情に合わせて、最適な選択肢を用意しますというわけだ。

離着陸距離の短縮を図る「ATR42-600S」

ATR42-600には、ATR42-600Sという改良型の計画がある。離着陸時に必要とする滑走路長を、現行モデルの1,000mから800mに縮めようというものだ。2020年の導入を目指して開発が進んでいる。

現在より短い滑走路で離陸できれば、就航可能な場所を増やせる可能性につながる。ただし、離着陸滑走距離を短縮するために新たな機体を開発したり、複雑な高揚力装置を新たに備えたりするのでは、経済性・収益性という観点からいって望ましくない。

だからATR42-600Sは既存の機体をベースにして、エンジンのパワーアップや機体の軽量化などといった手を使うことで実現する。このほか、ラダー(方向舵)の効きを強めるというのだが、その理由が興味深かった。

ATR42-600Sではエンジンをパワーアップするので、片方のエンジンが停止(片発停止)した際、停止したエンジンの側に機首が振られる傾向が強くなる。そして、短距離離着陸性能を必要とする飛行場は往々にして、山間部にあったり、周囲に障害となるものが多かったりする。

そこで、片発停止時に機首の向きを補正して機体のコントロールを維持できないと危険だから、ラダーの効きを強める必要がある、という理屈になるのだそうだ。

ラダーの大小や作動角が離着陸性能に直接影響するわけではないが、間接的に関わりがあるという話で、まさに「目からウロコ」だった。ちなみにこの話、CEOのクリスチャン・シェーラー氏が自ら説明してくれたものである。

これから増えるATR42

現時点で2機あるJACのATR42-600だが、以前に述べたように、さらに増える。同社のエリアは、主として九州と南西諸島方面を結ぶ路線だから、そちらに行くと搭乗の機会があるわけだ。

10月29日から鹿児島-種子島線を4往復に増便したが、そのうち半分がATR42-600だ。すると、ロケット打ち上げ見物の際にATR42-600に乗る機会ができそうだ。このほか、2018年度から現行のサーブ340Bに代えて伊丹-但馬線に導入する計画もあるという。