本来、飛行安全の観点からすれば「あってはならないこと」だが、ときには、整備不良が原因で事故が起きることもある。なにも機体に限った話ではない。

整備不良は機体だけの問題ではない

機体の整備不良は事故につながる、と書けば理解はされやすいと思う。飛行そのものに必要な機能、あるいは飛行安全に関わる機能が整備不良によって動作しなくなれば、飛行が不可能になったり、安全対策に穴が生じる原因を作ったりする。それは当然、飛行安全を阻害することになる。

また、機体構造材の疲労や腐食を見逃した場合にも、安全対策に… …というか、物理的にも穴が開く事態は起こりうる。本来、これは日々の点検整備できちんと見つけ出さなければならない種類のものだが、ときとして見落としが生じる。だから、アロハ航空の737みたいに、飛行中に胴体の上半分がちぎれ飛ぶような事故が起きることもある。

ところが、整備不良が問題になるのは、機上に限った話ではない。地上で、管制官が使用する通信機が故障しただけでも、事故の原因になる可能性がある。

例えば、空港で複数の通信機を用意して、離陸機と着陸機で周波数を分けて管制していたとする。もしもそのうち片方が故障したらどうなるか。残った1台の通信機を使って、離着陸の両方をさばかなければならない。そしてトラフィックが多くなると、割り込みや混信の原因になる。

同じ周波数を使っていても、一度にしゃべれる当事者は一組だけ。すると、皆が「交信が途切れたところを狙って一斉に割り込みをかけ合う」といった事態になってしまう。それでは情報や指示の伝達が確実に行われるかどうかが怪しくなり、結果として事故につながる原因を作る。

また、航法支援施設、つまりVOR(VHF Omni Ranging)、DME(Distance Measuring Equipment)や計器着陸装置(ILS : Instrument Landing System)などといった機材が故障したり、正常に機能しなくなったりした場合、これもまた事故の原因を作る。

機器が動作していても、発するビームがおかしければ、やはり事故の原因を作る。そういうことにならないように、第119回で取り上げた飛行点検機がいるのだが。実際、着陸進入中の機体が飛行場より手前に墜落した事故で、ILSの「ゴースト・ビーム」が出ていた疑いが持たれた事例がある。

レーダーの設定ミスで誤射?

2020年の1月に、イラン革命防衛隊の地対空ミサイルが、ウクライナ国際航空の旅客機を誤射・撃墜する事件が発生した。これについて後日にイラン側では、「地対空ミサイル部隊のレーダーで設定ミスがあった」と発表した。

当節の地対空ミサイルは、個人携行が可能な小型のものを別にするとたいてい、捜索用のレーダーがセットになっている。イラン側の説明では、そのレーダーを据え付けた時の設定に間違いがあり、探知目標の方位を間違って認識したということになっている。

つまり、テヘラン空港から西北西に向けて離陸した民航機なのに、別の方位からテヘランに向けて接近する正体不明機だと認識してしまった、という趣旨。その後の確認がうまくいかず、結果として撃ち落としてしまったのだとしている。「正体不明機が首都に向けて接近中」となれば、それは確かに怪しいと思うだろう。

しかし、当該機は2次レーダーのトランスポンダーをちゃんと設定していただろうに、という疑問がある。ちなみに、墜落直前まで「Flightradar24」には事故機の航跡が残っていた。本当に脅威となる敵性航空機なら、トランスポンダーで誰何しても反応は返ってこないはずだ。もっとも、そこで冷静な判断が行われなかった疑いは残るのだが。

  • イラン革命防衛隊に撃墜された事故機はボーイング737だった 資料:Boeing

  • 事故機(PS752)の出発時の軌跡(2019年11月から事故当日まで) 資料:ウクライナ国際航空

  • 事故機(PS752)の出発時の軌跡 資料:ウクライナ国際航空

と、ここまでは筆者の個人的な疑問である。実のところ、イラン以外の関係当事国でもやはり、イラン側の発表に疑義を呈している向きがあると報じられている。

よしんばイラン側の発表通りだったとしても、今度は「レーダーを扱う要員の訓練が正しく行われているのか?」「軍や革命防衛隊と、民間航空管制当局の間の情報伝達に、問題があるのでは?」といった疑問が出てくる。

なんにしても、飛行安全を支えているさまざまな構成要素の中で、どこかひとつのリンクが切れると危険な事態につながりかねない、ということを改めて示した事件であったとはいえそうだ。

設定ミスといえば……

設定ミスというと、慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)の設定ミスが疑われることもある。割と有名な事案としては、1983年に発生した大韓航空機撃墜事件が該当する。

INSについては第106回で取り上げているが、この装置が正しく機能するには、出発地点の緯度・経度を正しく設定しなければならない。だから、駐機場や格納庫に、緯度・経度を書いた看板が出ている。民間機に限らず、軍用機でも同じだ。もちろん、出発地点だけでなく、オートパイロットに入力する経由地点についても同様に、緯度・経度を正しく入力しなければならない。

いくらなんでも緯度と経度を間違えることはないだろう……と思うのは日本付近の数字だけ考えた場合の話で、ときには緯度と経度の数字の範囲が近いこともある。だから入力後のダブルチェック、あるいは複数名で相互確認するクロスチェック、といった手順は不可欠だ。

決まった航路を飛ぶ機体であれば、航路ごとの経由地点のセットを事前に用意することで、こうしたミスを減らせるし、実際にそういう機体が多くなってきている。しかし、それができる機体や状況ばかりだ、とは限らないから難しい。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。