前回、航空機で使用する主な動力源について概要を紹介した。ところが、どんな動力源でも最初は停止していて、それを動かさなければならない。飛行機ではそれをどうやっているのか――というのが今週のお題。

スターターが必要

クルマのエンジンを始動する時は、キーをひねったりボタンを押したりする。すると、蓄電池の電力を使って電気モーター(スターター)が動き、それがエンジンを回すことで始動する。

飛行機の動力源であるジェット・エンジン(この場合、ターボジェット、ターボファン、ターボプロップ、ターボシャフトのすべてを含めた言葉)を始動する時は、まずタービンを回す必要がある。タービンを回すと、それが駆動源となっている圧縮機が動き始めるので、燃焼室に高温・高圧の空気を送り込めるようになる。

しかし、何もないところでいきなりタービンを回そうとしても、エンジンは止まっているのだから、別の方法が必要になる。クルマのエンジンと比べると大型で、かつ高速で回転するものだから、電気モーターで始動できるとは限らない。

そこで、圧縮空気が登場する。圧縮空気を吹き込んでタービンを回してやるわけだ。では、その圧縮空気をどこから供給するか。

1つは、機体の外部に空気圧縮機を搭載した車両を用意する方法。これはわかりやすいが、その車両がないとエンジンをかけられないのは案外と面倒である。設備が整っているところで運用することが前提の民航機ならまだしも、どこに展開するかわからない軍用機では具合が悪い。

それに、追って取り上げる予定だが、エンジンが停止している時でも電源や空調を作動させる必要がある。そこまで地上側で用意しなければならないとなると、さらに大変だ。

そこで登場するのが補助動力装置、いわゆるAPU(Auxiliary Power Unit)である。APUと聞くと何物かと思うかもしれないが、飛行機が搭載するAPUは一般的に、小型のガスタービン・エンジンである。旅客機の場合、大抵は尾端に搭載しており、尾部にAPUの排気口が開いている。

MRJの尾部を見ると、尾端だけ無塗装の銀色になっていて、その先端部に丸い穴が空いている。これがAPUの排気口

ボーイング787も同じような構造。排気の流れをコントロールするために、排気口の下にフィンが付いているのが面白い

MRJやボーイング787は尾端に排気口が開いているが、ボーイング777ではAPUの排気口が尾端の左側面に付いている。水平尾翼の下に見える黒い三角形の部分がそれで、排気ガスで汚れても目立たないように、黒く塗ってあるわけだ。

APUは飛行用のエンジンと比べると小型で、蓄電池の電力で電動スターターを動かせば始動できる。まず、そのAPUを作動させることで、電力や空調の源とする仕組み。だから、駐機場に停まって乗客の乗降や荷物の揚搭を行っている旅客機は、主エンジンを止めていても、APUは動いていることが多い。

そして主エンジンを始動する時は、そこで必要となる圧縮空気をAPUから供給する。それを使ってタービンを回して、エンジンを始動する。無事にすべてのエンジンを始動できたら、電力も圧縮空気も油圧も、そちらから供給を受けられる。だから、APUは止めてもよい。

補助の動力源いろいろ

いったん主エンジンが始動してしまえば、圧縮空気も油圧も電気も、エンジン、あるいはエンジンに取り付いた油圧ポンプや発電機から供給を受けられる。ところが、エンジンが停止してしまうと圧縮空気も油圧も電気も供給が止まってしまう。

だから、飛行中に何らかの理由でエンジンが止まってしまい(あるいは止めざるを得なくなって)動力源を喪失した場合、空中でAPUを始動する場面があるかもしれない。前述したように、APUはバッテリと電動スターターで始動できるから、蓄電池がカラになっていなければ、少なくともAPUの始動はできる。

このほか、ラム・エア・タービン(RAT)という予備手段もある。要するに風車だ。普段は機内に格納してあって、エンジンが停止して代替動力源が必要になった時だけ、これを外に出す。すると、飛行機が前進している時は風の流れがあるから、それによってRATが回転して、必要最低限の電力や油圧を供給してくれる。

実際、1983年7月23日に発生した「エア・カナダ143便ガス欠事故」では、ガス欠でエンジンが2基とも止まってしまったので、RATを使う羽目になった。逆に言えば、RATがあったからこそ、ガス欠になった767は無事に地上に降りてくることができたわけだ。

ちなみに軍用機の場合、前述したように、地上の支援設備が充実した場所で運用するとは限らない。だから、大型の輸送機や爆撃機だけでなく、小型の戦闘機でもAPUを内蔵する事例がある。運用側からすれば、燃料と潤滑油を補給するだけで、あとは自力でなんとかしてくれる飛行機は理想的。支援のための設備・機材・人員を多く必要とするほど面倒である。

しかし、何事も予定通りに行かないのが軍事の世界なので、いささか乱暴な手段でエンジンをかけることがある。それがカートリッジ式スターターである。何のカートリッジかというと一種の火薬で、それをタービン部に仕込んで起爆させる。すると燃焼ガスが発生するので、それを使ってタービンを回し、エンジンを始動させる。

設備が整っていない前線飛行場で使用する戦闘機が、時としてカートリッジ式スターターに頼るのはわかる。しかし、それだけでなく、核戦争になって(あるいは核戦争の危機が切迫して)とにかく急いでエンジンをかけて発進しなければならない場面が想定される戦略爆撃機でも、カートリッジ式スターターを使っていた事例がある。