今回も前回の続きで、プロペラに関連した「過去掲載記事の訂正」とそれに関連した追加のトピックを取り上げる。テーマは「プロペラ」。1回でまとめるつもりだったが、いろいろ調べ始めたら関連する話題がゾロゾロ出てきてしまい、2回に分けることになった。話の流れをぶった切るようで申し訳ないが、お付き合いいただきたく。

片発停止と反トルク

多発機の場合、すべてのエンジンが同じ向きに回転する方法と、左右でそれぞれ逆向きに回転させる方法がある、という話は以前に書いた。その時は「すべてのエンジンが生きている」という前提だったが、一部のエンジンが停止したらどうなるか。

話をシンプルにするために、双発機で考えることにする。まず、すべてのエンジンが同じ向きに回転している場合。後方から見て右回りなら、反トルクによって機体を左に傾ける動きが生じる。そこで、左舷側の1番エンジンが停止するとどうなるか。

生きているのは右舷側の2番エンジンだけだ。すると、そちら側でのみプロペラ後流が発生して、それが主翼に当たる。一方、左側の主翼はエンジンが停止していて、機体の前進によって発生する気流だけが揚力につながる。

結果として、左右で揚力の不均衡が生じて機体を左傾させる。右側の方が大きな揚力を発生させていて、しかも反トルクの影響も加わるので、機体を左にロールさせる力が強くなる理屈。

では、右舷側の2番エンジンが停止するとどうなるか。この場合には揚力の不均衡は逆になるから、結果として、機体を右にロールさせる力が生じる。ところがエンジンの反トルクは機体を左にロールさせる方向に働く。

結果として、両者が打ち消し合うことになる。ただし、完全に釣り合いがとれるとは限らないだろう。

つまりどういうことかというと、左右のエンジンが同じ方向に回転している場合、片発停止時に機体をロールさせる力の影響は「どちらのエンジンが停止しているか」によって違ってくるのであった。

では、左右のエンジンが互いに逆方向に回転していたらどうなるか。両方とも生きていれば、反トルクは打ち消し合う。これはわかりやすい。では片発停止時はどうなるかというと、左右のエンジンがそれぞれどちら向きに回転しているかによって違ってくる。

後方から見て、左舷側の1番エンジンが右回り、右舷側の2番エンジンが左回り(つまり内向き回転)なら、1番エンジンが停止すると「2番エンジンによる反トルクは機体を右にロールさせて、揚力の不均衡は機体を左にロールさせる」から、両者は打ち消し合う方向に働く。2番エンジンが停止した場合には逆になるが、打ち消し合うのは同じ。

では、後方から見て、左舷側の1番エンジンが左回り、右舷側の2番エンジンが右回り(つまり外向き回転)だとどうなるか。1番エンジンが停止すると「2番エンジンによる反トルクは機体を左にロールさせて、揚力の不均衡もまた機体を左にロールさせる」から、両者は加勢し合って左へのロールが強くなると考えられる。2番エンジンが停止した場合は逆になるが、加勢し合うのは同じであろう。

ついつい「左右がそれぞれ逆回転なら、内向き回転でも外向き回転でも反トルクを打ち消し合うのは同じじゃないの」と思ってしまう。確かに平常時はそうなりそうだが、片発停止時には意味がまるで違ってくるのだった。

といったところで思い出して調べてみたところ、ロッキードP-38ライトニングは最初の試作機「XP-38」と前量産型のYP-38でエンジンの回転方向が逆になっている。ただしどういうわけか、XP-38では内向き回転だったものを、YP-38以降は逆の外向き回転に改めていた。これについて「トルクの影響を緩和するため」と書いている書籍があった。

いやはや、エンジンの回転方向ひとつとっても簡単には決められないものである。

  • P-38ライトニングのプロペラは左右がそれぞれ逆回転で、外回り

迎角が発生したときの不均衡(Pファクター)

機体の軸線と機体の進行方向が一致していれば、機体の軸線と直角になるプロペラの回転面は機体の進行方向に対しても直角になる。その場合、プロペラによって発生する推進力は全周で均等と考えて良さそうだ。

では、機体の軸線と機体の進行方向が一致していなかったら? 例えば、低速で飛行する時は迎角をつける。すると、機体の軸線は機体の進行方向よりも上を向く。

その結果、プロペラの羽根が上向きに移動する側(後方から見て右回りなら、左半分)と、プロペラの羽根が下向きに移動する側(後方から見て右回りなら、右半分)とでは、羽根が空気を掻く量が違ってくる。

羽根は回転面に対して角度(プロペラピッチ)をつけて取り付けてあるが、その角度と機体の進行方向の角度が、上向き側と下向き側で変化するからだ。すると、プロペラの左右で推進力の不均衡が生じる。

例えば、後方から見て右回りのプロペラで右半分のほうが多くの空気を掻けば、右側の推進力の方が大きくなり、機首は左に振れる。困ったことに、迎角を大きく取るのは低速飛行時である。

アメリカのエアショーでは「ヘリテージ・フライト」と題して、第2次世界大戦中に活躍したレシプロ戦闘機と最新鋭のジェット戦闘機が編隊を組んで飛ぶ場面がある。そんな時にジェット戦闘機を見ると、低速のレシプロ戦闘機に足並みをそろえるため、迎角をつけてゆっくり飛んでいるのがわかる。

閑話休題。低速飛行時は迎角を大きく取るし、片発停止時ならなおのことである。ところが、そうすると機首を横に振る力が強くなる。ただでさえ片発飛行では機首が振られるのに、それがますます強くなる可能性があるわけだ。もっとも、1番エンジンが停止した場合と2番エンジンが停止した場合とでは、影響は異なりそうだ。

前回と今回の原稿を書いてみて思ったのは、「ことにプロペラ機だと、左右対称に見えても対称ではないのだなあ」ということだった。なんとも複雑で奥が深い世界である。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。