前回は、何かまずいことが生じた時に、とにかく機体を地上まで連れて帰った上で、着地・停止した後で急いで脱出する、という話だった。それに対して今回は、飛行中の機体から脱出する時の話である。映画『トップガン』でおなじみの場面だ。

戦闘機には射出座席

前回に説明したが、飛んでいる飛行機から脱出してパラシュート降下する場面が日常的に発生するのは、戦闘機など、一部の軍用機に限られる。

昔は、故障や被弾に見舞われて飛行を継続できなくなった戦闘機のパイロットは、キャノピーを開けて自力で外に飛び出していた。しかし、飛んでいる飛行機から外に飛び出せば、操縦席の後ろには尾翼がある。その尾翼に直撃されて命を落としたパイロットもいる。

ましてや、推進式で後ろにプロペラがある飛行機だと、脱出した途端にプロペラでミンチにされかねない。この手のプロペラ機で有名なところだと、日本で太平洋戦争の末期に試作していた「震電」が知られている。

ジェット機の時代になると飛行速度が速くなるので、ますます自力での脱出は非現実的となる。そこで第2次世界大戦の頃から、射出座席(エジェクションシート)というものが登場した。機能は読んで字のごとく。座席が上方にドカンと撃ち出されるというものである。ただし、たまに下方に向けて撃ち出す機体もある。

それを実現するため、推進力となるロケット・モーターが座席に組み込まれており、さらに射出する向きを規定するためのガイドレールもある。

パイロットの身体は、ハーネス(シートベルト)で座席に固定されている。だから、射出座席を作動させると、まず座席ごと飛び出す。その後で、座席本体は切り離されて、座席に組み込まれているパラシュートがパイロットの身体と一緒に残る。そのパラシュートを展開して降りてくる仕組み。

ただし機種によっては、パラシュートを射出座席に組み込む代わりに、パイロットが身につけて搭乗することもある。

なお、軍用機の場合は敵地の上空で脱出する場面も考えられる。すると、地上に降りた後で生き残ることも考えなければならないので、無線機、保温/遮熱用シート、非常食、無線機などで構成するサバイバル・キットも射出座席に組み込まれている。その辺は「戦の道具」らしいところ。

  • F-35が使用している、マーティンベーカー製US16E射出座席(製品情報ページはこちら)

キャノピーはどうする?

ところが、戦闘機の操縦席は吹きさらしではない。頭上にキャノピーがある。射出時にキャノピーをどうするかについては、いくつかの流儀がある。

まず、キャノピーをフレームごと吹き飛ばしてから、射出座席を作動させる。専用の火工品を用意して吹き飛ばすのが基本だが、草創期には機関砲の薬莢で代用した事例もあった。弾を撃ち出すための火薬を、別の用途に利用したわけだ。

次に、キャノピーのうち透明部分(ガラスではなく、アクリル樹脂やポリカーボネート樹脂で作られている)だけを火薬で破砕してから、射出座席を作動させる方法。この方法を用いる機体は、キャノピーの上方にウネウネと線(その中に火薬が入っている)がはっているので、一目でわかる。

この2種類の方法はいずれも、射出レバーを引くと、まずキャノピーを吹き飛ばしたり破砕したりするための火工品が作動する。それに続いて、射出座席本体のロケットが作動する。別々に作動を指示しなければならないのでは面倒だから、自動的に連動する。

そして最後に、強引にキャノピーを突き破って射出させる方法もある。これを使用する機体は意外とあるが、強引に突き破るわけだから、負傷や脱出失敗のリスクは大きい。

昔の射出座席は、ある程度の速度・高度がないと安全な射出ができなかった。今はゼロゼロ射出座席といって、速度ゼロ・高度ゼロでも使える。その分だけロケットの威力が増して、高いところまで放り上げているはずだ。

当然、射出時には強い加速度がかかる。それが原因で怪我をするリスクがあるのだが、脱出できないよりはマシである。そこで怪我を防ぐために、「射出座席を作動させる際の正しい手順や正しい姿勢」というものがある。裏を返せば、しかるべき訓練と知識がなければ、射出座席は使えたものではない。

だから、軍用機、なかんずく戦闘機や一部の練習機でしか使われていないわけだ。大型機で射出座席を使っているのは、B-52、B-1B、B-2Aなどといった、一部の爆撃機ぐらいだろうか。

射出のシーケンス

そういえば、「個別に射出する代わりに、コックピット部分をまるごと射出させてしまえ。海上では、それがまるごと救命ボート代わりになる」なんていう発想を持ち込んだ機体もあった。

F-111アードバークやB-1Aがそれである。以下の動画は、F-111の脱出モジュールについて解説したもの。しかし、これを実際に作ってみたらメンテナンスに手間と費用がかかりすぎると判明したので、廃れた。

F-111 Crew Escape Module Development Report c1965 US Air Force - General Dynamics F-111 Aardvark

B-1Aを改設計した量産型のB-1Bでは普通の射出座席に改めており、4名の乗員はそれぞれ、頭上の脱出ハッチを吹き飛ばしてから射出する仕組みになっている。

ちなみに、複数の乗員がいる機体では、射出座席をすべて同時に作動させると衝突する危険性があるので、射出のタイミングを微妙にずらしたり、射出の方向をそれぞれ違えたりしている。

タンデム複座なら、後席が先、前席が後だ。パイロットがギリギリまで機体をコントロールしていないと安全な射出がしづらくなるし、先に前席が射出すると、そのロケットの排気を後席がもろに被ってしまう。

余談だが、射出座席を開発する時は、飛んでいる時と同じ条件でテストする必要がある。しかし、開発途上の製品を、いきなり実機に取り付けて飛ばすわけにも行かない。そこで、地上を走るロケット橇に乗せてレールの上を突っ走らせながら射出させる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。