これまで「航空機とIT」というテーマで連載を続けてきたが、ITという切り口だけでは取り上げられる範囲に限りが出てくる。ちょうど三菱MRJの初飛行などもあって航空分野への関心が高まっているように見受けられたので、技術面・全般に話を広げて新たな連載を始めることにした次第だ。

主翼は揺れる

もうだいぶ昔の話になるが、職場で上司に「この間、飛行機に乗ったら、主翼がユサユサ揺れてるんだけど、あれって大丈夫なの?」と聞かれたことがある。筆者は「そういうもの」だと承知しているから驚かないが、事情を知らないと、ビックリして怖くなってしまうのも無理はないかもしれない。

飛行機の主翼といっても、いろいろある。主翼の形状を示す指標の1つにアスペクト比というのがあって、要は主翼がどれぐらい細長いかを示すものだ。

戦闘機だと、前後方向の幅(翼弦長)が大きい一方で横幅(翼幅)は短いから、アスペクト比は小さい。速度性能を重視した選択である。対する旅客機の場合、翼弦長は小さめで翼幅は長い、つまりアスペクト比が大きい。その極めつけはグライダーで、もっと細長い主翼を付けている。

太くて短いものよりも、細くて長いもののほうが変形しやすそうに見える。そこで変形しないように頑丈に作ろうとすると、重くなってしまって、飛行機にとっては具合が悪い。飛行機にとって、過剰に重たいことはそれだけで罪である。

また、頑丈な主翼を作ろうとすると構造が複雑かつ大掛かりになり、主翼が分厚くなってしまう。それでは空気抵抗が増えるなどのネガが発生する。

そして、主翼が細長いのにガッチリして変形しないと、外部からかかる力を受け流すことができない。「柳に風」とでも言えばいいだろうか、適度な弾性を備えていて柔軟にたわむ主翼のほうが、外力を受け流すには具合がよい。

こうした事情があり、大型のジェット機が出現した頃から、アスペクト比が高い主翼は弾性体として作るのが普通になった。だから、飛んでいる最中に反り返ったり、ユサユサ揺れることがあっても不思議はない。

この設計思想を本格的に取り入れた機体というと、ボーイングB-47ストラトジェット爆撃機が挙げられる。その次に登場したB-52ストラトフォートレスはさらに顕著だ。どちらも、地上にいる時と空を飛んでいる時とでは、翼端の位置がメートル単位で変化する。もちろん、飛んでいる時のほうが翼端が持ち上がっている。

地上にいるときのB-52。翼端は地面に近いところまで垂れ下がっている 写真:USAF

離陸した直後のB-52。翼端がだいぶ持ち上がっている様子がわかる 写真:USAF

B-52を目にする機会はあまりないが、民航機だと顕著にわかるのがボーイング787だ。経済性を重視する最近の民航機は、抵抗軽減のためにアスペクト比を以前よりも大きくとる傾向が強まってきており、その関係もあって、遠目にも「ああ、787だ」とわかるぐらいに主翼が反り返っている。

着陸寸前のボーイング787。翼端がかなり上に反り返っている様子がわかる

もちろん、こういう変形が発生することは設計した時点で織り込み済みであり、飛行する度に主翼が反り返ったり元に戻ったりという繰り返し荷重を受けて、それでも壊れないことを疲労試験機による地上試験で確認している。

主翼に穴が開く

といっても、爆発して穴が開くとかいう話ではなくて。

旅客機に乗って主翼より後方の窓側席に座っていると、主翼の様子を見ることができる。巡航中は普通の翼に見えるが、離着陸時にはあれこれと動翼が開いたり、せり出したりする様子がわかる。よくよく見てみると、上面と下面が素通しになっていることがあるので、知らないとビックリするかもしれない。

接地寸前のタイミングで撮影したエアバスA330の主翼。上にスポイラー、後下方にフラップが展開して、向こう側が素通しになっている部分がある

揚力を稼ぐため、離着陸時にはフラップ(下げ翼)というものを降ろす。それによって、主翼の面積を広げる効果とか、下向きの気流を発生させる効果とかを発揮させることで、低速時でも十分な揚力を得られるようにしている。こうしないと離着陸時の速度が高くなってしまい、操縦が難しくなるなどのネガが出る。

ボーイング747はトリプル・スロッテッド・フラップといって、降ろした下げ翼が途中で分割された三分割構造になっている。こうやって隙間を作り、そこから気流が吹き出すようにしないと、かえってフラップから空気の流れが剥離してしまい、揚力を持てなくなってしまうのだ。

それと比べると、最近の民航機はフラップの構造がシンプルになった。設計・製作・保守する立場からいうとシンプルなほうが好ましいのだが、メカマニア的見地からすると面白くない。と、この辺の話は回をあらためてきちんと書くことにして。

ともあれ、「主翼の下面にはフラップを展開する」。一方、主翼の上面にはスポイラーが展開する。こちらは前ヒンジでシンプルに開くだけでそれによって空気抵抗を増やして空力ブレーキとする。飛行中に使用することもあれば、着陸後に使用することもある。

さて。フラップもスポイラーも主翼の後側に付くものだが、下方にフラップ、上方にスポイラーが展開すれば、その間の空間は吹き抜けになり、上から下が素通しになる。もちろん、そこを空気が通り抜けることは承知の上で、それを前提とした設計になっているから、これによって強度が落ちるとか揚力が損なわれるとかいうことはない。安心して乗っていただきたい。

今回は外から見て分かる話だけを書いたが、次回はその主翼の中がどういう構造になっているかを書いてみよう。