異なる言語を使う人が話す内容がリアルタイムに音声で翻訳されるAirPodsの「ライブ翻訳」が話題になっています。日本語は年内に対応開始とされ、SNSでは「早く使ってみたい!」という声が多く見られます。

しかし、注目のライブ翻訳が当面利用できない地域が存在するのを知っていますか? それがEU(欧州連合)です。

EUはデジタル市場法(DMA)を施行し、アップルやグーグルなど米国の巨大IT企業(プラットフォーマー)を念頭に、ほかの企業との公正な競争を求めています。しかし、DMAがあまりに公正さを強いることで「アップル製品だけで使える機能は公正ではない」とされ、その結果としてライブ翻訳をはじめとする革新的な機能がEUのみ提供できなくなり、ユーザー体験が低下する事態になっています。

さらに、プライバシー面での懸念も指摘されています。アップルさえ見ることのできない端末内の情報を、ほかの企業が希望すれば共有しなければならないといいます。

「なんだかやっかいな話だけど、あくまでEUのことでしょ?」と安心することはできません。

スマホ新法とも呼ばれる日本の「スマホソフトウェア競争促進法」、12月18日の施行が迫っています。この法律は、EUのDMAを強く意識して作ったといわれており、共通点も少なくありません。

スマホ新法の施行を前に、アップルの幹部は「EUの失敗を繰り返さないためにも、日本はこの数カ月が重要な判断の時期になる。日本のユーザーもスマホ新法に関心を持ち、この法律が何をもたらすのかを理解し、もし望まないならば民主主義の力で止めるべき」と警鐘を鳴らしました。

革新的な技術が使えなくなるばかりか、企業も開発意欲を失う

EUで施行されたDMAに強い懸念を示しているのが、Apple ワールドワイドマーケティング上級副社長のグレッグ・ジョズウィアックさん。「当初、EUは確かに良い意図を持っていたのでしょうが、行き過ぎた枠組みを導入してしまいました。その結果、ユーザー体験の妥協につながったほか、顧客のプライバシーとセキュリティの保護も損なってしまった。私たちアップルも、イノベーションの妨害や知的財産の侵害を被っています」と語ります。

  • Apple ワールドワイドマーケティング上級副社長のグレッグ・ジョズウィアックさん。写真は2019年9月のスペシャルイベントで撮影

    Apple ワールドワイドマーケティング上級副社長のグレッグ・ジョズウィアックさん。写真は2019年9月のスペシャルイベントで撮影

まずジョズウィアックさんが問題としているのが、「相互運用性の確保」としてアップルが持つ技術の開放を求められていること。相互運用性とは、カメラ、マイク、位置情報サービスなど、iPhoneをはじめとするアップル製品の機能をサードパーティに開放することを意味します。DMAでは、競合他社の製品ともアップル製品同士と同じように、製品のリリース当初から連携させるべし、と定めています。

ジョズウィアックさんは「相互運用性を活用して、開発者がソフトウエアやハードウエアを開発できるのは素晴らしいこと」としつつ、「第三者へのアクセス開放は、常にリスクを検討する必要があります。もしユーザーを保護できないなら、アクセスを開放しないと決断せざるを得ません」と語り、プライバシーやセキュリティを保つためには無条件に開放すべきではない、としました。

この相互運用性の問題を受け、EUでは前述のライブ翻訳機能だけでなく、Apple Intelligenceも提供が見送られています。さらに、iPhoneの画面をMacに表示してMacで操作できるiPhoneミラーリングや、ユーザーの訪れた場所をマップアプリに記録する「訪問した場所」機能も、DMAへの準拠ができないとしてEUでの提供が見送られています。

ジョズウィアックさんは、さらに「これらの規則はイノベーションへの挑戦すら萎縮させてしまいます」と警鐘を鳴らします。

「あなたが初めてAirPodsを手にした時のことを思い出してください。ケースの蓋を開けたらiPhoneにダイアログが現れ、接続をタップすればほかのBluetoothデバイスでは体験したことのないスムーズさで即座にペアリングされ、すべてのAppleデバイスで使えるようになります。まさに魔法のようでしょう」

「それは、私たちがハードウエアとソフトウエアに数年もの時間や費用を投じたことで実現できたイノベーションです。Bluetoothコミュニティが何年もできなかったことを実現する方法をアップルが見つけ出したのです。しかし、EUは『それはだめです』と言います。機能を提供する初日から、ほかのすべてのデバイスにも同じ機能を提供しなければならないのです」

「もし、最低の共通分母に合わせて設計したとしても、それに対する補償は受けられず、もはや競合製品との差別化もできなくなります。そうなれば、企業が時間と費用をかけて革新的な技術を開発する意欲は失われてしまうでしょう。テクノロジー企業の知的財産権がこれほど甚だしく無視された例は、ほかにありません」

プライバシーにも大きな懸念が及ぶ

ジョズウィアックさんは、DMAがプライバシーを危うくする点についても懸念を示します。

「私たちは長年、プライバシーとセキュリティに妥協しない製品、機能、体験をユーザーのために開発してきたことを誇りに思っています。しかし、他の多くの企業は、あなたの情報をお金にするビジネスを続けているのです」

EUが要求する相互運用性では、Wi-Fiネットワークの接続履歴や、デバイスに届くすべての通知の完全な内容を、プライバシー問題で何度も物議を醸してきたMetaのような企業に提供することも求めています。「これはアップルにとって単純に驚くべき内容です。Wi-Fiの接続履歴が分かれば、私がどの病院に行ったか、裁判所に行ったか、どのホテルにいたか、不妊治療クリニックを訪れたかなどが分かってしまいますから」

「これらは、アップルでさえ見ることができない機密性の高い情報です。ですから、アップルはこれらの情報をデバイス上にとどめ、システムをプライベートに保つよう設計しました。しかし、EUのDMAでは、ほかの企業がその情報をどのように使用するかに関係なく渡すことを求められます。アップルが情報の利用に条件を付けることはできません」

「あなたが手にしているiPhoneには、ありとあらゆる機密性の高い情報が収められています。私たちアップルは、常に大きな敬意と責任をもってそれらの情報を扱ってきました。残念ながら、この大切な情報が攻撃にさらされようとしています」

「これまで、EUはプライバシーに最も献身的な存在だと思っていました。しかし、EUの規制当局の担当者は競争問題にしか関心がなく、プライバシーには関心がありません。皮肉なことに、EUが定めたDMAがプライバシーの最大の脅威となっているのです」

日本のユーザーも関心を持ってほしい

ジョズウィアックさんは、私たち一般のユーザーも関心を持ち、問題意識を共有することが大切だと語ります。

「DMAは、決してEU域内のユーザーが求めたから誕生したわけではありません。みずからの利益を追求したい一部の企業が、政治家へのロビー活動で成立させたといわれています。EUの多くの人がDMAの内容を理解し、私たちはこれを望んでいないと抗議の声を上げていますが、法律が成立してしまった今では手遅れなのです」

「日本のスマホ新法は、DMAに強く影響されていることが気になります。12月の施行まで時間があるので、日本のユーザーもスマホ新法に関心を持つべきです。特に、この法律の影響を受けるにもかかわらず、その危険性をまだ知らない若い世代の人たちこそ、これが何をもたらすのかを理解してほしいのです。自分たちにとって望まない内容と感じたならば、みなさんがいち早く行動すべきです。日本は民主主義の国なのですから」