ポルシェといえば世界的に有名なドイツのスポーツカーメーカーだが、この会社が時計を作っていることはご存じだろうか? なぜポルシェが時計を作るのか。クルマ作りと時計作りに共通点はある? 世界限定350個(日本は150個)の新商品発表会を取材してきた。
911のデザイナーが関与?
ポルシェのグループ会社であるポルシェデザインは、同社が最初に作った腕時計「クロノグラフ1」を時計メディアのホディンキー(Hodinkee)とともに現代によみがえらせた「クロノグラフ1-Hodinkee2024エディション」を発売した。世界350個の限定品で、日本にはそのうち150個が入ってくる。価格は145万円。ポルシェデザインのショップのほか、全国のポルシェセンターでも購入が可能だ。
そもそも、ポルシェとポルシェデザインの時計はどういう関係なのか。
読者の皆さんがポルシェと聞いて最初に思い浮かべるクルマは何だろう。きっと多くの人が「911」と答えると思われる。それほどまでに、ポルシェの代名詞となっている911。そのデザインを手掛けたのはポルシェの創業者であるフェルディナント・ポルシェの孫、フェルディナント・アレクサンダー・ポルシェ(愛称はブッツィー)だ。
1957年からポルシェでデザインの仕事をはじめ、1964年発売の911も手掛けたブッツィー。レーシングカー「904」なども彼の作品だ。ちなみに、911のエンジン開発に関与したフェルディナント・ピエヒ(のちにフォルクスワーゲングループ社長)もフェルディナント・ポルシェの孫で、アウディのクワトロシステムや5気筒エンジンなどを手掛けたエンジニアだった。
ブッツィーは1972年にポルシェ社から独立し、ポルシェデザインを設立する。ポルシェのDNAを自動車の枠を超えて広めたいという思いからだったという。この会社が初めて作った腕時計が、世界中で5万本以上が売れた「クロノグラフ1」だった。
なぜ時計だったのかは定かではないが、その精緻な作りや文字盤のデザインなどが、それまで関わってきたクルマ作りと共通することに気付いたからではないかと想像する。
その証拠に、クロノグラフ1は自身が手掛けた911のメーター周りをモチーフにしたデザインになっている。時計全体を黒で統一する配色は、当時の時計業界で初めての試みだった。これも、911のメーター周りをモチーフにしたためである。黒を使ったのは光の乱反射を防ぐためであり、文字盤をしっかりと読ませるためでもあるのだが、これも911と同じだ。
ポルシェデザインの時計には、機能に基づく仕上げが随所にちりばめられていた。クルマの機能に基づくデザインが、クルマ以外にも応用できることを証明してもいる作品だ。
その後、ポルシェデザインは眼鏡やバッグをはじめ、さまざまな商品を生み出していった。そこで強調されているのは、単にエクスクルーシブな商品だというだけでなく、ポルシェファミリーの一員になれるということ。例えばクロノグラフ1は、手首に付けるスポーツカーとまでいわれていた。同時にポルシェ社は、時計を製造する唯一の自動車メーカーにもなったのである。
クルマと時計のデザインは同じ?
ちなみにブッツィーは、インタビューで次のように答えていた。「時計をデザインするのとクルマをデザインするのは同じプロセスです。まずアイディアをスケッチに起こし、それによって自分が意図したデザインを見える化する。そこから迅速に全体を立体モデルへと作り上げ、より具体的にデザインを見えるようにするのです」
また、時計のケースも多くのディテールを考慮しなければならない。曲面や直線、角のアールだけでなく、見やすさや着け心地まで気配りが必要だ。そういった際、全ては機能性を優先とし、デザインのためのデザインをすることで機能を犠牲にはしないことを重視した。それも911と同様の考え方だ。
こうして作ったクロノグラフ1についてブッツィーは、「最初からみんなが気に入るような時計をデザインするつもりなどなかったんです」と語っている。しかし、クレイ・レガッツォーニをはじめ、エマーソン・フィッティパルディ、ロニー・ピーターソン、そしてマリオ・アンドレッティといったF1ドライバーの腕には、このクロノグラフ1が巻かれていた。多くの人が見た映画『トップガン』でトム・クルーズが着用していたのも、この時計だ。
さらに、クロノグラフ1には軍用バージョンもあり、NATO、ドイツ連邦軍、イギリス海軍、アメリカ空軍などが採用していた。まさに、その機能性と耐久性が認められたことになる。
もうひとつ、これは余談だが自動車から派生したポルシェデザイン独自のプログラムがある。それはウォッチコンフィギュレーターだ。
ポルシェだけでなく、ハイブランドの自動車メーカーの多くが取り入れているコンフィギュレーター。簡単に説明するとボディカラーや内装色だけでなく、ホイールをはじめさまざまな仕様をオンライン上で画面を見ながら選択し、クルマを好みの仕様に仕上げていくシステムだ。つまりはカスタムオーダーメイド的なもので、ポルシェデザインではポルシェのカーコンフィギュレーターをもとに、世界で初めて時計メーカーとしてクロノグラフのオンラインコンフィギュレーターを作り上げた。何と150万以上もの組み合わせから好みに合わせたデザインのカスタマイズが可能となっている。
クルマでいうならバーンファインド!?
さて、このほど復活した「クロノグラフ1-Hodinkee2024エディション」はどういう時計なのか。
コンセプトは「世代を超えて譲り受けた」というもの。1970年代にクロノグラフ1を購入し、いつの間にか引き出しに仕舞い込んだまま50年が経過し、再び取り出したという想定だ。父親から息子へ、あるいは祖父から孫へ受け継がれたイメージともいえるし、近年のクラシックカー業界でよくいわれる「バーンファインド」、つまり、納屋に仕舞い込まれ忘れさられたクルマが再び太陽のもとに表れるというイメージとも重なる。
針やインデックスには、わずかに経年変化したような印象を与える塗料を使用するなどの手が加えられている。また、日本語と英語それぞれで曜日を表示することも可能になっているのが特徴だ。そのサイズはクロノグラフ1と同じで、近年大型化する傾向にあるクルマや時計へのアンチテーゼでもあるようだ。
ポルシェ911とポルシェデザインの時計の共通点はデザイナーだけではない。ポルシェがいまだに頑なに固持する「デザインは機能を阻害してはならない」という考え方も両者に相通じるポイントだ。ポルシェデザインの時計には、自動車で開発された技術が巧みに引用されていた。だからこそ、レーシングドライバーたちがこぞって身に着けていたのだ。まさに機能美をブッツィーが追求した結果に他ならない。
今後、ポルシェセンターではポルシェデザインの商品が充実していくようだ。ポルシェの機能美を追求したグッズを手元に置いておきたい気持ちは、ポルシェオーナーならずともクルマ好きであれば持っているもの。機会があればショールームで実際に手に取ってみて欲しい。きっとポルシェの機能美が伝わってくるはずだ。