能登半島地震発生から5カ月が経とうとしている現在。新生活が始まり、住む場所や通勤通学先、行動範囲が変わった方も多いだろう。では、もしそこで大きな災害に遭ったらどこへ避難すればいいかわかるだろうか? 避難場所までのルートは? 到着したとして、その後はどう行動すれば……?

わからないことはスマホを使ってその場で調べればすぐわかる環境が当たり前の現在。しかし、災害時はその場になって調べても間に合わない、あるいは通信ができず調べられないことが当たり前になる。あらかじめ調べておくことの重要性、そして災害に備えたスマホ活用の取り組みを、東京都総合防災部に聞いた。都民ならずとも参考になる部分は多いので、日頃の備えに役立ててほしい。

話を聞いた人

  • (写真左)
    総務局総合防災部
    防災管理調整担当課長
    安達慎さん
    3月にリニューアルした「東京都防災アプリ」など、防災の普及啓発を担当
    (写真中央)
    総務局総合防災部
    防災計画課長
    濵中哲彦さん
    災害対策基本法に基づく「東京都地域防災計画」など、防災関連の計画の策定・調整を担当

    (写真右)
    総務局総合防災部
    防災通信課長
    田中敏彦さん
    災害時に都内区市町村や警察・消防など関係機関との通信を確保する東京都防災行政無線の施設整備と維持管理を担当

能登半島地震でスターリンクの有効性を確認

1月1日の能登半島地震では、断層の活動により地盤隆起や液状化現象、津波が発生し、家屋の倒壊や道路の寸断、ライフラインの損壊など甚大な被害につながった。通信が壊滅的な打撃を受けたことも大きな特徴だ。全国の自治体は災害発生直後から応援の職員を現地へ派遣したが、通信手段がないことが活動の大きな障害となった。

どこにどれだけ被災者がいるか。支援チームが何をすればいいか。どの支援物資をいつどこにどんな手段で運搬するか。現地の状況を知るにも地元自治体や本庁との調整にも、通信は必須だ。東京都からも第一陣の支援チームが現地入りし情報収集に取り組んだが、被災地では広範囲にわたって通信状況が悪化しており、通信手段の確保に苦労していた。そんな時、唯一すぐに機能したのが衛星ブロードバンドサービス スターリンクだったという。

「すぐに支援先となった輪島市役所で展開し、都の支援チームが連絡に活用しました。他の自治体や支援団体の方々にも解放し、通信がないために活動が滞っていたところがスムーズに支援調整できるようになり、改めて通信環境の重要性が浮き彫りになったと思います」(防災通信課長 田中さん)

  • 米スペースX社が提供する衛星ブロードバンドインターネットサービス「スターリンク」。個人でも契約可能。国内ではKDDI、、NTTドコモ、スカパーJSATも法人向けに販売を行っている

このほか、KDDIから支援物資として提供されたスターリンクが輪島市最大規模の避難所となった「ふれあい健康センター」に設置され、避難中の市民に解放された事例があった。スターリンクは1台あたり理論上最大128端末の接続が可能だが、ここでは同時に60〜70端末(スマートフォン)が接続し、十分に通信できている様子が見られたという。

こうした実績を受けて、都でも急きょ全市区町村へのスターリンク配備を決定した。

「もともと、ほとんどの通信を海底ケーブルに頼っていた東京の島しょ部を対象にスターリンクを配備する計画があり、昨年はその検証を進めていました。それが、今回のことを受けて直ちに対策が検討され、結果的に62の市区町村に配備することになりました。防災行政無線は何重にも通信網を整備して災害に備えていますが、今回のように土地の隆起や液状化を伴うことがあると、どうしても地上設備だけでは限界があると実感しました」(防災通信課長 田中さん)

ただし、これは東京都防災行政無線のための配備であり、避難所等への配備は避難所を運営する市区町村が決めるものだ。気になる方は地元自治体の対策を確認してみよう。

災害への備えはフェーズに分けて考える

「災害への備え」の重要性を聞いたことのない人はいないだろう。だが、どこまでやれば十分なのだろうか。どんな災害が起きるのかわからない以上、どれだけ備えても「これで十分」といえる保証はない。ひとつ手がかりがあるとしたら、「災害をフェーズに分けて考え、発災時にどの順番で何をやればいいのかイメージする」ことだと、防災計画課長の濵中さんはいう。

「東京都は一昨年(2022年)、10年ぶりに首都直下地震等の被害想定を見直しました。都心南部直下地震の場合、死者想定6,148人、建物被害19万4,431棟という数字が出ています。ただ、数字だけを見ても自分の身の回りに何が起きるのかは、なかなか実感しづらい部分があると思います。そこで、もし自分が被災した場合に発災直後からどんなことが起きるのかが時系列で把握できる『災害シナリオ』の活用にいま力を入れています」(防災計画課長 濵中さん)

  • 東京都被害想定ホームページ」で提供されている「東京マイ・被害想定」で、災害時に想定される状況を確認できる。後述の「東京防災アプリ」からも利用可能

どんなに防災備蓄をそろえても、家屋の耐震や家具の固定が不十分では地震発生時に閉じ込められたり下敷きになったりして、次の「避難」に進むことができない。家族全員の行動を決めておかないと、各自が適切に避難することや安否確認すら難しい。単身者は自分で自分の身を守り、安全な避難先を見つけなくてはいけない。地震発生から次のフェーズへ、次のフェーズへと順序立てて考えることで、備蓄だけでなく平時に備えておくべきことが見えてくるはずだ。

  • 発災→避難→避難生活→生活再建と、各フェーズごとにさまざまなことが起き、必要な対策・行動が異なる。被害想定の数字よりも「自分の身の回りに起きること」を知って備えることが必要だ(『東京防災』冊子より)

「日頃やっていないことは、いざという時に絶対にできません。備えるだけでなく、アクションが大切です。例えば台風などで避難情報が出た時に避難してみるなど、まず行動に結びつけて体験していただきたいと思います」(防災計画課長 濵中さん)

防災に関する身近な情報・自分のための防災情報を手に入れられる「東京都防災アプリ」

前述の「災害シナリオ」を含め、事前の備えや発災時にも役立つ「東京都防災アプリ」がこの3月にリニューアルした。例えば「防災マップ」では、自宅や職場周辺の避難所や災害時給水ステーション、水害リスク、河川の状況などが確認でき、よくいる場所を「マイエリア」に登録しておくこともできる。避難所が開設された際はその混雑状況も確認できるという。

  • 「東京都防災アプリ」。防災マップやチェックリストなどの他、ゲーム感覚で防災を学べるコンテンツや、非常時のグループ連絡機能なども搭載する

「避難シミュレーション」では避難開始場所と避難場所を設定し、ナビに従って歩いたりGoogleのストリートビューを使って平時に避難ルートを確認できる。また、「自分と家族の情報登録」では、緊急連絡先やアレルギー・持病や薬といった情報のほか、利用する避難所や避難経路、連絡方法などを決めてメモしておく欄もある。

「いざ災害が起きた時に、どこへどう避難するのか、家族が職場や学校にいるときはどう連絡を取るのか、どんな備蓄がどれだけ必要になるのかなど、家族構成やご自宅の環境によって必要な情報は様々です。事前に決めておくことが大切です。それをサポートするツールとしていろいろな機能を用意しましたので、多くの方に活用していただきたいと思います」(防災管理調整担当課長 安達さん)

  • 前述の「災害シナリオ」は、アプリトップ→「東京都被害想定ホームページ」→「東京マイ・被害想定」から利用できる。災害時に「起きること」と「取るべき防災行動」を把握しておこう

都内にお住まいの方なら、『東京くらし防災』『東京防災』という冊子が自宅に届いているのではないだろうか。都が平成27年度に発行した『東京防災』と、平成29年度に発行した『東京くらし防災』をリニューアルし、都内全戸に配布したものだ。

「『東京くらし防災』は行動編として、暮らしの中での取組や防災行動の基本をまとめた内容で、必ず目を通していただきたいと思います。『東京防災』は知識編として、より知識を深めたり必要な情報を知りたい時に辞書のように活用していただければと思います。どちらもアプリから確認できますので、スマートフォンでも読んでいただけます」(防災管理調整担当課長 安達さん)

今回のリニューアルでは特に、都民の3人に2人が共同住宅に居住しているという現状から、マンション防災の情報を重視したという。平成27年(2015年)の『東京防災』発行から10年近く。防災の基本に変わりはないが、街や社会の環境の変化、災害に対する知見の蓄積を取り入れ、我々も情報をアップデートしていく必要がある。

災害時のデマに惑わされない・加担しないリテラシーを

災害発生時、直接の被災地以外にいる人も含めて注意しなくてはならないのが「デマ」の流布だ。ほとんどの人がスマートフォンを持つ現在、特に人口の多い首都圏で大きな災害が起きた場合、周辺地域を含めて情報発信が爆発的に増えることが想定される。能登半島地震では幸いデマによる大きな混乱はなかったが、過去の災害の写真を使ったり架空の住所で救助を求めたりするデマ投稿が確認されている。人工地震、陰謀論などもデマの定番だ。東京都もこうした災害時のデマを想定し、対策を講じている。

「AIを活用したSNS分析ツールを用いて、さまざまなSNSから災害に関する投稿を収集し、デマとそうでないものを振り分けます。我々が内容を確認し、大きな影響を及ぼすようなデマについてはそれを打ち消す注意喚起を発信する、という訓練をしています」(防災通信課長 田中さん)

例えば動物園から動物が逃げ出したという情報なら都の公園管理課、暴動が起きているという情報なら警視庁や消防庁など、各機関と事実確認のための連絡体制も取っているという。さまざまな想定のもとで対策を講じているものの、実際にどんなデマがどの程度広がるのかは予測しきれるものではない。田中さんは「災害時にはデマが流布するという事実を皆さんが知って、冷静に行動していただくことが一番大事」と強調する。

同時に、被災当事者でない周辺地域に住む人が、人助けの思いで情報発信・拡散してしまうことも混乱を招く一因になり得る。知らない人・場所からの情報を真偽の確認ができないまま拡散するのはデマの流布に加担することになりかねない。また、時系列でないタイムライン上で何時間も前の情報を拡散しても迅速な救助行動に役立つ可能性は低い。SNSでの拡散より、然るべき機関への通報を優先させることを考えた方がいい。

「東日本大震災では音声通信で輻輳が起こり、固定電話・携帯電話とも一時発信規制が行われました。一方でデータ通信は非規制または音声に比べて規制が低く、通信しやすい状態であったことが報告されています。発災直後にSNSへ投稿したい気持ちはよくわかりますが、データ通信の増大が本来必要な通報に影響を与える恐れもあります。それが本当に必要なものかどうか、一呼吸置いてから投稿していただきたいと思います」(防災通信課長 田中さん)

  • 総務省 平成23年版「情報通信白書」より。東日本大震災直後、データ通信(パケット通信)は規制が低く、電話よりもメールなどの通信の方が疎通しやすかった。ただし、通信環境やデバイスが大きく変わった現在ではデータ通信にも大量のトラフィックが流れ込むことが想定される

東日本大震災当時とは違い、ほとんどの人がスマートフォンを持つ現在。災害時の通信障害による影響は想定しきれない。平時には備えのサポートとしつつ、災害時にはデマに冷静に対処し、本当に必要な情報を優先させるリテラシーを持って活用したい。