2022年12月15日に発生した、ロシアの「ソユーズMS-22」宇宙船の冷却材漏れ事故。その影響で、国際宇宙ステーション(ISS)の運用、なにより宇宙飛行士の安全は大きく脅かされることになった。この危機に対し、米国航空宇宙局(NASA)とロシア国営宇宙企業ロスコスモス、そして米宇宙企業スペースXなどが協力し、事態の打開に向けて動き続けている。

「ISS史上最大の危機のひとつ」ともされる事態は、なぜ起きたのか。そして、技術者たちはどのようにして解決しようとしているのだろうか。

  • ソユーズMS-22宇宙船から冷却材が漏れ出す様子

    ソユーズMS-22宇宙船から冷却材が漏れ出す様子 (C) NASA TV

ソユーズMS-22の冷却材漏れ

ソユーズMS-22宇宙船は2022年9月21日(日本時間、以下同)、ロシアのセルゲイ・プロコピエフ宇宙飛行士とドミトリー・ペテリン宇宙飛行士、米国のフランク・ルビオ宇宙飛行士の3人を乗せ、カザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。

その約3時間後には、ISSにドッキング。現在も係留されており、計画では今年3月28日に、乗ってきた3人の宇宙飛行士を乗せ、地球に帰還することになっていた。

しかし12月15日、機体後部にあるラジエーターから、突如として冷却材が漏れ出すトラブルに見舞われた。

ISSには、プロコピエフ氏をコマンダー(船長)とし、日本の若田光一宇宙飛行士も含め計7人の宇宙飛行士が滞在しているが、差し迫った危険はなかった。また、ISSの外側に向かって漏れ出したため、ISSの太陽電池や外壁、窓、実験機器などへの汚染もなかった。ただ、この影響でプロコピエフ、ペテリン宇宙飛行士が準備していた船外活動は中止となった。

冷却材は何時間にもわたって漏れ続け、最終的に枯渇して漏れは止まった。

NASAとロスコスモスは共同で調査にあたり、ロボットアームで損傷が起きたとみられる場所の写真を撮影するなどして分析を実施。そしてこれまでの調査の結果、外壁部に直径数mmの穴が開いていることが確認されており、冷却材が流れるパイプが損傷し、そこから漏れ出したことがわかっている。

  • ISSに接近するソユーズMS-22

    ISSに接近するソユーズMS-22 (C) NASA

ソユーズMS-22を放棄

こうしたなか、1月11日、米国航空宇宙局(NASA)とロスコスモスは合同で記者会見を開催。そのなかで、冷却材がすべて失われたことで、ラジエーターはもはや機能しないと明らかにした。

そして、その状態で宇宙飛行士が乗り込むと船内温度は最大40℃に、湿度も通常より高くなることから、宇宙飛行士の健康はもとより搭載機器への悪影響も考えられ、安全に運用を行うことは難しい状態だという。

その結果、ソユーズMS-22は有人での運用を放棄。そして代替船として、2月20日に「ソユーズMS-23」宇宙船を無人で打ち上げ、プロコピエフ宇宙飛行士らを乗せて地球に帰還させることが発表された。

ソユーズMS-23はISS到着後、宇宙飛行士の体に合わせてオーダーメイドで製作された座席や、持ち帰るはずだった物資などを、ソユーズMS-22から移動させる作業を実施。帰還日は決まっていないものの、今後のISSの運用や、滞在する宇宙飛行士のローテーションとの兼ね合いなどから、約半年後になるとみられる。

その結果、プロコピエフ宇宙飛行士らは当初の約2倍、約1年間にわたってISSに滞在し続けることになるものの、彼らの健康状態は正常で、ミッションの延長にも耐えられる状態だという。

ソユーズMS-23の打ち上げはもともと今年3月に予定されていたが、製造や試験を早めることで、予定を前倒しして打ち上げることが可能だという。なお、搭乗予定だったロスコスモスの宇宙飛行士オレグ・コノネンコ氏とニコライ・チューブ氏、そしてNASAのロラル・オハラ宇宙飛行士の3人は、今後のミッションなどでISSを訪れることになるだろうとしている。

NASAのISS計画のマネージャーを務めるジョエル・モンタルバーノ氏は「私たちはこれを『救助用ソユーズ(rescue Soyuz)』とは呼ばず、『交換用ソユーズ(replacement Soyuz)』と呼んでいます。あくまで、3月に打ち上げる予定だったものを少し早めて打ち上げるだけなのです」と語る。

モンタルバーノ氏はまた、こうしたロシア側の計画の変更にともない、NASA側も宇宙船の打ち上げスケジュールなどを見直すことを検討しているとした。NASAは2月にも、スペースXの宇宙船「クルー・ドラゴン」運用6号機(Crew-6)の打ち上げを予定していたが、数週間程度遅れる可能性がある。ただし、搭乗する宇宙飛行士に変更はないだろうとした。

一方ソユーズMS-22については、無人の状態であれば運用に問題はないとみられている。そのため、ソユーズMS-23への座席や物資の移動が終わり次第、無人でISSから離脱。カザフスタン共和国の草原地帯にある、あらかじめ設定された着陸地点への着陸を試みるとしている。またこの際、ISSで発生した物資も搭載し、持ち帰る計画だという。

ロスコスモスで有人宇宙計画の責任者を務めるセルゲイ・クリカレフ氏は、「再突入時には搭載機器が高温になるかもしれません。ですが、ソユーズには冗長性が幾重にも確保されており、たとえばコンピューターが故障しても、アナログ機器のみで帰還できるモードがあります。そのため、無事に着陸できるでしょう」と語った。

  • 打ち上げに向け準備中のソユーズMS-23

    打ち上げに向け準備中のソユーズMS-23。ソユーズMS-22の事故を受け、無人で、また約1か月前倒しして打ち上げられることになった (C) RKK Energiya