米国ラスベガスで世界最大のエレクトロニクスショー「CES」が開催されました。Amazonは毎年このイベントにブースを構える常連の出展企業でしたが、パンデミックによる“お休み期間”を経て、約3年ぶりにCESにリアルのブースを構えて参加しました。
CESはエレクトロニクスショーであることから、Amazonによる展示の内容もスマートスピーカー「Echo」や、スマートホームセキュリティ「Ring」といった各シリーズのデジタルデバイスと、それぞれに関わるサービスが中心です。
2022年末ごろには、Amazonが開発する音声アシスタントの「Alexa」や、これを搭載するEchoデバイスが同社にとって成長の“足かせ”になっている、という報道が散見されました。筆者は自宅でEchoデバイスを活用しているので、慣れ親しんだEchoやAlexaが今後どうなるのか気がかりでした。今回CESの出展に合わせて、AmazonがAlexaやEchoデバイスを前進させるいくつかの取り組みを発表したことで安堵しています。
ただ、Amazonの戦略は従来のようにEchoやAlexaによる音声操作の内容を充実させて、対応デバイスを増やすことに注力するだけではなさそうです。スマートホーム、IoTまわりの環境変化に合わせてAmazonが模索する「今後の展開」を読み解いてみます。
プラットフォームの垣根を取り払う新規格「Matter」
Matter(マター)というスマートホームの新しい規格をご存じでしょうか。AmazonやGoogle、Appleなど家庭向けのネットワーク対応デバイスを手がける大手企業が数多く参加する無線通信規格標準化団体のConnectivity Standards Alliance(CSA:旧 Zigbee Alliance)がMatterを立ち上げました。2022年後半には規格のVer 1.0をリリースして本格的に始動しました。
Amazonには既にMatterに対応するデバイスが複数あります。というのも、発売済みのEchoデバイス(北米は17機種)を対象とするMatter対応のソフトウェアアップデートが次々と行われるからです。アップデートが完了すると、Echoデバイスは音声入力等を使って宅内にある同じMatter対応のスマートホームデバイスをコントロールできる司令塔になります。
2023年のCESでは、既に市場に投入されている約1億種類のサードパーティによる「Alexa対応デバイス」のほか、Amazonが買収したeeroのメッシュWi-Fiルーターなど、さらに多くのデバイスにMatter対応が広がる計画が発表されました。
Matterを採用するデバイスはクラウドを経由することなく、Wi-FiのほかGoogleなどが主導する新しいホームネットワーク向けの無線規格である「Thread」を利用して互いに通信します。AmazonのEchoシリーズなどは当初Wi-FiからのMatter対応になるようですが、Threadによる接続も徐々にカバーしながら、従来以上の利便性を発揮するとAmazonは説明しています。
「Wi-Fiの外」に拡大するスマートホーム、日本でも導入準備が進む
Amazonの一部Echoデバイスが対応する新しいスマートホームの技術には、900MHz帯のLPWA(Low Power Wide Area)の無線通信を使う「Amazon Sidewalk Bridge」があります。
2019年に発表された技術ですが、Echoと連携する周辺機器がなかなか表れず、のんびりと歩み出した印象でした。CESのプレス発表では、いよいよ2023年の後半頃からEchoシリーズと連動するコンシューマ向け製品がパートナー各社から発売されることが言及されています。
Sidewalkは到達範囲が広く、低消費電力な無線通信技術であることから、屋内だけでなく庭や玄関など屋外に設置するデバイスの利用にも適していると言われます。2023年後半にはNew Cosmos USA社がガス漏れ検知器、Meshify社が水道管の水漏れ検知器、Browan社がドアセンサーなど、屋外設置にも適したスマートデバイスの発売を予定しています。
Sidewalkの技術的な特長を活かせば、たとえばユーザーが宅内のEchoデバイスを使って運転制御やモニタリングができる「屋外灯のコントローラー」や「ペットセンサー」など、ほかにも様々な種類のデバイスにエコシステムがつながる可能性も見えてきます。
では、私たち日本のEchoユーザーは、MatterやSidewalkに関わるイノベーションをいつから体験できるようになるのでしょうか。Amazonに問い合わせたところ、明確な導入時期について言及はなかったものの、日本のEchoデバイスも対応に向けた準備が進んでいるそうです。アップデート対応を予定する17機種のデバイスの中には第4世代のEcho DotやEcho Show 15、Echo Studioなど日本でも販売されている製品が含まれており、あとは機が熟すのを待つだけという状況ではありそうです。
他社製品では日本のスタートアップ「mui Lab」が、同社のスマートホームインターフェース「muiボード」の第2世代モデルをMatter対応として、2023年に発売することを予告しています。GoogleにAppleなど、Matterの普及に向けて協調するメーカーの動向もAmazonによるMatterの日本対応を後押しするはずです。
クルマの音声操作が「二刀流」に
AmazonがAlexaを搭載するスマートスピーカーのEchoを発売してから、今年で9年目になります。そのあいだに、Alexaによる体験は自動車にも拡大しています。
クルマによる移動中は、特にハンドルから手が離せないドライバーがAlexaによる音声操作に助けられる場面があります。筆者も何度となくその便利さを実感してきました。
今後はAmazonが、イエナカからクルマでのAlexa体験に軸足を移して本格的に注力する可能性もあると筆者は考えます。
CES 2023では、Amazonと一緒にクルマのスマートライフを追求してきたパートナーのパナソニックが、Alexaに関わる重要な発表を行いました。同社の車載インフォテインメントシステム(IVI)である「SkipGen」シリーズが、AmazonのAlexaとAppleのSiri、両方の音声アシスタントを同時に待ち受けられるようになるというものです。
たとえば、AppleのCarPlayで音楽再生などのエンターテインメントを操作した直後に、設定を切り換えることなく、Alexaに話しかけて車載システムの設定を変えたり、クルマの中から自宅のスマートホームデバイスを遠隔操作することが可能になります。
このように、ふたつの異なる音声アシスタントをひとつのデバイスで同時に利用できる「二刀流」の体験価値はオートモーティブ業界で初の試みになるそうです。筆者が知る限りでは、スマートスピーカーやオーディオシステムの中にもまだ同様の機能が使えるデバイスはないと思います。クルマ発のイノベーションが、これからスマートホームの進化を呼び込むことも有り得ます。
Alexaは「広がり」「深まる」
Amazonの発表から、もうひとつ注目したいトピックスがあります。2015年にアメリカで設立されたスタートアップ、Josh.aiとのパートナーシップです。
Josh.aiはホームオートメーションシステムと連携する音声AIシステムを手がけるスペシャリストです。アメリカには「自宅で楽しむ映画館」、つまり本格的なホームシアターを趣味として作り込む一般家庭が多くあります。
Joshi.aiは大型スクリーンの昇降機、AVサラウンドシステムとマルチチャンネルスピーカー、調光システムなどを手がけるアメリカの大手ホームシアターデバイスのメーカーと密に連携しながら、ホームシアター対応の音声インターフェースを独自に高度化してきました。おそらくホームシアターファンならばクレストロン、ルートロン、SONANCEなどのホームシアターブランドの名前を耳にしたことがあると思います。Josh.aiが開発した「Josh Micro」という音声入力デバイスは、これらホームシアターの定番ブランドの製品との連携を実現しています。
AmazonのAlexaがJosh.aiのプラットフォームとつながることによって、たとえばネットワークにつながるホームシアター機器の専用的な制御と、Alexaによるエンターテインメントコンテンツの手軽な音声操作が、ひとつのスマートデバイスから行えるようになります。筆者はまだJosh.aiを試したことはありませんが、特にホームシアター機器の音声制御はどこまで細かなことができるのかが気になります。
こうしたコラボレーションがコアなホームシアターファンの要望に応えるだけでなく、同時にAlexaやEchoデバイスがより専門的な使い勝手にも対応できるカスタマイズ性能を獲得する方向へ、今後の進化を導くのではないでしょうか。
Amazonによる音声プラットフォームの「広がり」と、よりディープな「深化」の両方に着目することで、Alexaの新たな成長の方向が浮かび上がってくると思います。