全国の小中学校に1人1台のタブレット端末を導入する「GIGAスクール構想」。すでに端末は配備されたものの、うまく活用できずに持て余したり、どう使えばよいのか悩んでいる先生や学校、自治体が少なくないようです。
そのような先生や学校の手助けをすべく、アップルは教育現場でiPadを活用するための実践的なアイデアやガイドをWebサイトで提供したり、iPadを効果的に活用している先生の声を紹介しています。今回、新たにiPad活用の先駆者として紹介されたのが、長野県伊那市の伊那中学校で理科を担当する塚平和希先生です。塚平先生は、酸化と還元や水の電気分解など、目には見えない科学の現象を表現するのにKeynoteのアニメーション機能を利用するなど、現象を確認しながら視覚的に理解できるよう工夫していました。
伊那市内の小学校でも意欲的な取り組みがなされています。「クリエイティブな活動が学びを豊かにする」という考えのもと、英語を話している様子を児童同士がClipsのアプリで撮り合ったりと、iPadの動画機能を積極的に活用しているのが目を引きました。動画というと、コンテンツを消費する娯楽とイメージしがちですが、足助先生は「動画で伝えるために内容をしっかり理解しますし、どう伝えれば分かりやすいかも児童たちが考えるようになります」と、動画の活用が児童の成長につながると確信していました。この視点は、ほかの学校も大いに参考にする価値がありそうです。
動画の利用で内容の理解や表現の工夫が生まれる
南アルプスと中央アルプスを望む長野県南部に位置する伊那市。まず取材に訪れた伊那西小学校は敷地内に広大な森を擁しており、そこに「森の教室」と名付けた屋外の教室を設けているなど、自然豊かな伊那市のなかでも特に自然あふれる環境で勉強できるのが特徴です。
森の教室では、5年生の英語の授業が行われていました。お題は「Clipsを使って英語の自己紹介動画を作ろう」。すでに習った英語を組み合わせ、英語で自己紹介の動画を作成するという内容です。
児童は2人1組になり、Clipsのアプリを使って交互に撮影していきます。撮影した動画には文字やイラストなどを追加して仕上げていくのですが、自分の好きなことや好きな色などをしっかり頭に入れ、どのようにすればほかの人に正しく伝えられるか、といった点を考えながら進められるよう工夫していました。
授業で動画を活用する理由について、5年担任の横山千佳先生は「動画は自分の話し方を客観的に見られる点が良いと思いました。英語の授業では、発音やイントネーションの確認に役立っています。動画で撮影する際、伝えたい内容をあらかじめ理解する必要がありますし、状況や相手に応じて言葉や表現をどう変えればよいかも考えますから、それらの力が養える点も良いと思います」と語ります。
動画の撮影や編集にClipsのアプリを使うことにしたのは、分かりやすくて子どもでも感覚的に使える点を評価したからと語ります。「新しい使い方を発見したり、友だちと教えあうのが楽しいようです。作った動画が自分のイメージと違ってもすぐやり直せるので、チャレンジのしがいもありますね。共同作成もできるので、誰かが取り残されることも避けられます」
ちなみに、伊那西小学校は伊那市のなかでも数少ない「小規模特認校」に指定されています。豊かな自然環境のもとで、IT機器を積極的に活用した少人数での教育を提供するなど、特色のある教育環境を整えているのが特徴。一定の条件をクリアすれば校区を越えて入学や転学が認められる制度で、「あの学校で学びたい」という積極的な姿勢の児童が多く在籍しています。
中学校では「教師と生徒をつなぐためのツール」として存在感を高めるiPad
次に訪れたのが、市の中心部にある伊那中学校です。同校で見学した理科の授業のテーマは「運動とエネルギー」。坂道に台車を設置して手を離し、一定時間あたりの台車の移動距離がどう変化するかを学ぶ内容です。
これまでは、台車に取り付けた紙製の記録テープを方眼紙に貼り付けて長さを測り、変化のグラフを作成する作業をしていました。しかし、iPadとNumbersを使うことで、記録テープの長さをNumbersのシートに入力すれば自動的にグラフが作られるようになりました。ほかの班とのデータの共有も簡単にできます。
さらに、iPadを教師と生徒をつなぐための重要なツールと位置づけているのもポイント。課題のワークシートはクラウドに保存され、アップル純正の教師向けアプリ「スクールワーク」経由で添削や評価、コメントを書き込んで活用しています。理科担当の塚平和希先生は「評価を書き込んで戻してあげることで、教師と生徒のつながりが深まると感じています」と評価します。
iPadが“新たな目”となって自然の素晴らしさを見せてくれる
伊那市でICT推進役を務めて5年になる足助先生、学校に導入するIT機器は「iPadでなければダメだった」と断言します。「写真撮影、動画撮影、動画の再生、無料で使える優れたソフトが1台で完結するのはiPadしかありませんでした。授業でデジタルフォトポエムを作る際など、いろいろなアプリを使う場合でも、標準で入っているアップル製アプリで完結します。子どもたちも、さまざまなアプリを平気で使いこなしてくれます」と、iPadの基本性能の高さや使いやすさを評価します。
“iPadは便利な存在”というのは誰でも理解している反面、では実際に授業でどう使うのか、と問われると悩んでしまう先生が多いのは事実。そこで、足助先生が市内の小中学校の先生に推薦しているのが、アップルが「GIGAスクール構想をAppleと」のWebサイトで公開している「iPad授業ガイド」。小学校と中学校を対象に、各教科の実践的な内容をまとめた“虎の巻”的な内容に仕上げています。先生に限らず、誰でも無料で閲覧できます。
地域全体で豊かな自然と子どもを大切にしている伊那市ですが、当初は「ICTが教育に入ってくると、子どもから自然を奪ってしまうのでは?」という不安の声が地域の人々から上がったそう。しかし、足助先生は「実際はICTが加わると自然がもっと見えてくるんです。蝶の羽化や雲の発生を記録したタイムラプス動画を見ると、“iPadの新しい目”で自然の素晴らしさがもっと見えてきます」と、ICT導入のメリットを説きます。
足助先生は、ICTの活用で教育の質を高めることで、過疎化による人口減を食い止めることも狙っています。「教育をよりよいものにすることで、暮らし続けたくなる伊那市に、子育てしたくなる伊那市に、そして帰ってきたくなる伊那市にしたいと考えています。都会に向けて伊那市の取り組みを発信していき、都会から人を呼び込んでいきたいですね」と思いを語りました。