• くまモンが寝転がっている畳。普通の畳に見えるが、驚きの秘密が

自然に囲まれた日本家屋で、初夏の風を感じながら畳の上でウトウト……というと、古き良き日本の理想的なお昼寝風景に思えます。

しかし、そのシチュエーションに欠かせない畳の国内生産枚数は、フローリングの普及や、安価な外国産畳の増加で激減。全盛期となった平成元年(1989年)の4,288万枚と比べ、令和2年(2020年)では95%減の226万枚まで低下しています(全国の畳表生産枚数。農林水産省調べ)。

この危機的な状況を改善すべく、畳表に使われるい草の栽培面積が全国で99%、そして畳表の生産量が全国99%以上と、ともに日本一を誇る熊本県八代(やつしろ)市では、官民共同で「八代産畳表認知向上・需要拡大推進協議会」を2019年に発足。

畳を身近な存在に広げるべく、新しいコンセプトの畳商品を開発する同協議会のプロジェクト「YATSUSHIRO TATAMIx」から今回、振動スピーカー6基を内部に仕込んだ第1弾プロダクト「TTM-V20」(ティー・ティー・エム・ブイニジュウ)が発表されました。

  • スピーカー6基を内蔵した畳「TTM-V20」。「新しいコンセプト」という言葉の想像を超えたユニークな商品だ。「TTM-V20」お披露目会では、熊本県PRキャラクターのくまモンも応援に駆け付けた

「TTM-V20」。動画内で鳴っている音楽は、畳に内蔵されたスピーカーから鳴っており、畳自体も振動中。現状はコンセプト製品で、イベントなどでの活用が予定されている ※音が出ます

こちらは「TTM-V20」の公式動画

畳の中に振動スピーカー6個を内蔵した「TTM-V20」

「TTM-V20」は、低音が強い振動スピーカー6個を内蔵した国産畳です。一般的な畳と大きさや素材、つくりは同じで、「TTM-V20」では畳床(畳の内部パーツ)に使われているポリエチレンフォームをくりぬき、1個15㎝ほどのスピーカーを等間隔で埋め込んでいます。

再生できる音の周波数帯は20Hz以下~5,000Hzほど。小さいスピーカーでは得られない重低音の迫力や、耳障りな高い周波数の音を気にせずにリラックスして音を体で感じられるといいます。

電源は家庭用コンセントから取れ、「TTM-V20」のお披露目会では、有線で音源から接続。PCからインタフェースやアンプを通じ、LRのケーブル2本×6個分がまとめて畳の下につなげられていました。今後の用途次第では、例えばBluetoothアダプタを内蔵することで、スマートフォンなどからワイヤレスで音楽再生を操作できる改良も可能です。

  • 一見すると普通の畳だ。サイズも一般的な畳と同じ約180×約90㎝サイズ

  • 一般的な畳と同じ素材が使われている。畳表は八代産のい草

  • LRケーブルが6スピーカー分まとまって配線されている

  • 音源はPCからインタフェースを通じ、アンプで音を増幅して畳のスピーカーへ

筆者も実際に「TTM-V20」に横たわってみたところ、細かい振動が想像以上に体に伝わり驚きました。また、音の鳴り方も心地よく、特定の一方向からではなく畳全体から全身を包むように響く感覚があり、体験スペース全体に音が破綻なく鳴っていたのも好印象でした。

開発期間9カ月。「寝落ちできる畳とは?」 から開発

開発に要した期間は約9カ月。監修を務めたのは、正門の研究や音声識別など、マルチメディアに関する音声処理を専門とする民間の研究所「日本音響研究所」です。同研究所は民事事件における音声・音響の科学捜査などを担当していますが、これらで培った分析技術をもとに、犬とのコミュニケーションデバイス「バウリンガル」(2002年発売。発売元はタカラトミー)といった一般向け商品開発にも協力しています。

日本音響研究所の鈴木創所長は、開発で難しかったポイントとして、畳とスピーカーの周波数特性などの相性や、振動がうまく体に伝わるスピーカーの設置場所などを挙げました。肩やお尻、ふくらはぎなど、畳に触れた体の部位に振動が伝わるよう調整しつつも、複数の「TTM-V20」を並べて設置することを想定し、等間隔にスピーカーを内蔵させたといいます。

  • 「TTM-V20」の内部構造。畳に寝転がることで、音と振動を全身で感じられる

  • 開発風景。特にスピーカーの位置取りが難しかったという

  • 寝てみる筆者。振動もだが、音が一方向からでなく空間全体で鳴っているように聞こえたことが印象的だった。寝心地も普通の畳と変わらず(くまモンが見守ってくれたのがうれしい)

国産畳の認知を広げ、畳の振興とい草生産者の所得増を目指す、新しいコンセプトの畳「TTM-V20」。八代産畳表認知向上・需要拡大推進協議会の尾崎行雄副会長は、スピーカーを内蔵する畳という突飛なアイデアについて、日本畳の新しい可能性を考えた際、「畳の上で寝落ちする気持ちよさ」に着目。尾崎氏は「寝落ちできる畳の開発はどうだろうか? という話が出た。そこから、寝落ちするには、ほどよい振動があるとよい、という話につながった」と開発の経緯を紹介しました。

また、国産畳は、い草を乾燥させるときに温度調整のしやすい天日干しをしているため、い草の内部にハニカム構造のような適度な空間ができるといいます。安価な海外産のものは石炭で加熱して一気に乾燥させるため内部の空間が壊れやすく、このため、国産畳のほうが空気中の水分の調整機能や、乗ったときの弾力性などが大きく違うとのこと。

なお、「TTM-V20」という名前の由来は、前半の「TTM」が畳(TATAMI)から、後半のVが振動(Vibrate)、20が人間が音として感じる最低周波数が20Hzであり、振動と音の境界であることから名付けられています。

  • 日本音響研究所の鈴木創所長

  • 八代産畳表認知向上・需要拡大推進協議会の尾崎行雄副会長

施設やイベントでの利用を想定、22年度内に次のプロダクトも

利用シーンとしては、温泉やスーパー銭湯などの温浴施設の休憩室で、音楽と揺れによるリラックス空間を提供したり、クラブ・フェスなどで、振動と体に響く低音を寝ころびながら感じたり、といった使い方が考えられています。

体験イベント第1弾として、SUNDAY FUNDAYが運営するポップアップ銭湯「ひらく湯」と協力し、2022年5月27日~29日に愛知県で開催されるイベント「森、道、市場」に出展します。「TTM-V20」を囲むように足湯を設置し、温かいお湯に足を浸けながら、「TTM-V20」に座ったり寝転がったりして、「TTM-V20」からのサウンドを堪能できる予定です。

さて、「TTM-V20」は現在はコンセプト製品のため、「TTM-V20」を活用して商品、サービス開発に取り組むアライアンス先を募集しています。どんなパートナーが参画するかに応じて、今後の販売形態も検討していくとのこと。一畳だけでも、アンプなどとの組み合わせによっては広い空間に音を響かせられるので、家の6畳間に一畳だけ取り入れるなどしても面白そうです。

「YATSUSHIRO TATAMIx」の第2弾プロダクトも2022年度内に登場予定。今後の発表にも注目したいところです。