米ストレージ製造大手のSeagate Technologyは、日本のユーザーの間では古参のHDDメーカーとして有名だが、近年、環境保護や社会課題への対策、公正な経営などを重視する「ESG」に積極的に取り組む企業としても注目されている。今回は、テック系製造業の雄であるSeagateが、どのようにESGを事業に組み込んでいるのか、世界でも先進的とみられる事例を同社上級副社長のジョアン・モツィンガー(Joan Motsinger)氏から伺うことができたので、その内容を紹介したい。
Seagate Technology ビジネス・サステナビリティおよびトランスフォーメーション担当上級副社長 ジョアン・モツィンガー氏
世界で取り扱われる「データ」の量は爆発的に伸びている。これに対応するSeagateは全世界で4万人を超える従業員を抱え、6カ国に7つの製造拠点を持ち、直近の2021年度も前年比2%で成長している巨大な企業だ。強みは40年以上にわたるストレージの技術革新であり、ソフトウェアを含めた強固なサプライチェーンである。同社が取り扱う大容量ストレージの市場規模は、2026年には260億ドルに拡大すると予想されており、これは現在の倍以上の規模だ。さらに、「Lyve Cloud」で開拓を狙う新しい市場となるクラウドストレージプラットフォームの市場には、500億ドルの非常に大きな規模が見込まれているという。
この分野の主なプレイヤーは、多い時には200社以上が競い合っていたが、今では東芝とWestern Digital、そして同社が残っているだけだ。そのデータセントリック時代の強力なプレイヤーであるSeagateは、2018年に「Seagateのバリュー」として、インテグリティ、イノベーション、インクルージョンの3つが基盤であると宣言し、環境・社会・企業統治の方針である「ESG」をそのバリューに取り込み、成長のための事業活動の中心に据えている。
技術革新と環境と多様性、そして成長はつながっている
モツィンガー氏は、このうちインテグリティとイノベーションについて、「データの時代に、そして今回のパンデミックでも、価値、バリューは非常に重要。先日の欧州の洪水被害でも、いかにインテグリティが重要かわかってもらえたと思います。そして、インテグリティの並んで重要なのがイノベーション。環境、気候変動へのコミットでカギとなるのが、この2つのバリューです」と説明する。
Seagateの言うインテグリティとは、「人、地球、収益性を同じように考え、模範を示したリーダーとして活動する」、もう一つのイノベーションでは、「発見、アジリティ、ソリューションを通じて、顧客に価値を提供する」とそれぞれと定められている。収益の最大化と持続可能性が同じ方向を向くように、Seagateでは製造だけでなくサプライチェーン全体、その先の顧客との連携まですべてを含めた製品サイクルの改革を推進しているという。
同社では、例えば資源の枯渇や人権配慮への対策のために、製品について、気候変動に対するインパクトや人に対するインパクトなどを、サイクル一つではなく、開発から使用まですべての段階で測定、改善へ活かしている。再生可能エネルギーの使用であれば、自社工場のオペレーションだけでなく、顧客と協力して、製品を使う際の電源の使用状況などもスコープに含まれていく。資源の再利用では、パーツの再利用を想定した製品設計からはじまり、修理対応の強化で容量ロスを削減、使用済み製品からの資源リサイクル、再販体制までを循環性プログラムとして包括的に整備、すでにGoogleやDellといった顧客と共同でこの循環性プログラムを実行に移している。
これらの成果として、Seagateは脱炭素という観点でトップ3%の企業に入っており、取引しているサプライヤも7割超が脱炭素に取り組む状態となっている。循環性プログラムでは、昨年の実績として100万台以上のドライブを回収、再販しており、修理による製品ライフサイクルの延長や顧客との買い戻しの契約も含めて、環境資源の有効利用につながるだけでなく、顧客の機器コスト削減への貢献にもつながっているという。
そして3つの目のインクルージョンについて。モツィンガー氏は、「従業員が安心でき、価値が認められ、尊敬されていると感じられる会社であることが大事。そして、これはSeagateだけでなく、Seagateのサプライチェーン全体で実現する必要があります」と話す。
同社は「イノベーションのためにすべての人を歓迎する」としており、すでに女性従業員の割合は58.8%に達し、人権キャンペーンのBPtoW(Best Place to Work for LGBTQ Equality)に2年連続選出されたことなどを実績としている。コーポレートガバナンスの面で、経営陣や執行レベルでの多様性を強化する取り組みも開始しており、例えば取締役会では独立取締役の割合を80%以上としたほか、女性取締役は2名、マイノリティ取締役は2名とするなど取り組みを進めている。
モツィンガー氏は、これらを実現していくにあたって「連携」が必要なのだと話す。「目標に向けて進むことになったけれど、では何が必要なのか。私たちには連携が必要です。目標の達成には関係者とのパートナーシップが重要になっていきます。政府、顧客、サプライヤーと緊密に連携することで、具体的な動きになっていくのです」と説明する。これまで、日本のパートナーとの強力な連携が進められたことにも触れ、「キヤノン、ニコン、セイコー、住友、ソニー、様々な企業の皆様に心より感謝します」とも述べていた。
これら3つのバリューを宣言したことで、Seagateの企業としての成長は新しいステージに立つことができたようだ。
ESGが企業価値に影響を及ぼす時代は来ている。投資家は、コストと安定供給だけでなく、ESGを求めるようになった。3つのバリューを宣言したことで、長期的な戦略思考が可能となり、ESGのような長期目標が建てられるようになった。長期目標は投資資金を呼び込みやすくなり、顧客とのつながりも強くなる。サプライヤに対してもコストではなく、パートナーとして関係を築けるようになる。
モツィンガー氏は、「これは投資家や顧客だけでなく、従業員にも非常に重要です。私たちは正しいことをやっているのだ、という確信と、価値を生み出しているのだ、という認識を、CEOから全従業員まで持てることが大事。それではじめて、インパクトがでてくるのです。幸いなことにSeagateは目標をたてることができ、進捗の報告もしてきました」と、これまでの取り組みを振り返って話す。
日本でもSDGsやESGという言葉を聞く機会は増えてきたように感じるが、実際、具体的な取り組みでは企業によって温度差もあるだろう。
モツィンガー氏が、「いま、企業には持続可能性が求められています。企業は、社会に責任も持つという必要があります」と述べ、「どんな環境であっても、日本であってもアメリカであっても、まずはどんなバリューであれ目標を設定することから始まるのだと思います。すべてのリーダーは、目標を検討し、進捗の報告をはじめるのに、今こそが良いタイミングなのだと思います」と話していたのが印象的であった。