東京工業大学(東工大)は8月27日、カルシウムイオン(Ca2+)とイミドイオン(NH2-)が静電的な力で結びついた無機化合物の「カルシウムイミド」とニッケルナノ粒子を組み合わせることで、既存のニッケル触媒よりも100℃以上低温でアンモニアの分解活性を示す、高性能な水素生成触媒の開発に成功したと発表した。

同成果は、東工大 物質理工学院材料系の小笠原気八大学院生、東工大 元素戦略研究センターの北野政明准教授、同・細野秀雄栄誉教授らの研究チームによるもの。詳細は、触媒全般を扱う学術誌の「ACS Catalysis」に掲載された。

水素エネルギーの利活用のために、貯蔵・輸送技術の向上が求められている。その手法の1つとして、水素を高密度に含む化学物質とし、利用時にそこから水素を取り出すという技術がある。その水素キャリアとして期待されているのがアンモニア(NH3)だが、実際に水素キャリアとして利用するには、どれだけ少ないエネルギーで水素を取り出せる技術を開発できるか、という点にかかっている。つまり、アンモニアから水素を取り出す化学反応を効率的に促進する優れた触媒が必要ということとなる。

これまでの研究では、ルテニウムがアンモニア分解反応を効率よく促進することが知られている。しかし、ルテニウムは白金族系の希少金属であり、コスト面からより豊富で安価な金属を用いた代替触媒の開発が必須とされ、その代替候補として注目されているのが豊富に存在するニッケルだという。

そこで研究チームが考案したのが、無機化合物「カルシウムイミド」(CaNH)上にニッケル(Ni)ナノ粒子を固定化した粉末状の「Ni/CaNH触媒」だという。この触媒上では、ニッケルとCaNHの界面に存在する「NH2-種」(アンモニアと2個の電子が反応した際に生じる2価の陰イオン)が、ニッケルを介して水素分子と窒素分子に分解され、「NH空孔」が反応中に形成される。

  • 水素触媒

    Ni/CaNH上におけるアンモニア分解反応のメカニズム。NH空孔(VNH)はCaNHとニッケル(Ni)の界面に形成された反応性の高い電子が存在している。電子とアンモニア分子は速やかに反応する (出所:東工大プレスリリースPDF)

このとき空孔サイトに2個の電子が補足され、それらの電子は反応性が高いことがわかっている。そして、室温付近においてもアンモニア分子が活性化され、水素分子の生成とNH2-種の再生成が起こることで、Ni/CaNH触媒は安定したアンモニア分解活性を示すという。

  • 水素触媒

    CaNH表面の欠陥とアンモニアの反応を50℃で行った結果(左)と色の変化(右)。欠陥とアンモニアが反応し、アンモニアの吸着と水素分子の発生が起こる。表面の欠陥がすべて反応に使われると、アンモニアは吸着しなくなる。また、反応前は欠陥に存在する電子によってオレンジ色をしているが、反応後は電子が存在しないため無色になる (出所:東工大プレスリリースPDF)

従来の金属触媒上では、アンモニア分子が金属表面に吸着し、窒素原子と水素原子による共有結合の「N-H結合」が開裂したあとに水素分子および窒素分子の離脱が起きる。ニッケル表面におけるアンモニア分解反応では、窒素分子の離脱およびN-H結合の開裂反応に大きな活性化エネルギーが存在するため、「律速段階」であると考えられるという。

それに対してNi/CaNH触媒では、アンモニア分子がNi-CaNH界面のNH空孔で速やかに活性化され、水素が生成される。また、Ni/CaNH触媒における律速段階はNH空孔の形成段階であることと考えられるとしている。

Ni/CaNH触媒の性能を調べるため、ニッケルと酸化アルミニウムによる「Ni/Al2O3触媒」と、ニッケルと酸化カルシウムによる「Ni/CaO触媒」を用意し、比較を行ったところ、Ni/Al2O3触媒とNi/CaO触媒は500℃以下では十分な性能が示されず、640℃付近で100%転化率に到達した。この結果から、CaNHをNi触媒の担体材料とすることで、触媒動作温度を約100℃低温化することに成功したといえるとしている。また、優れた電子供与性を持つ「C12A7エレクトライド」に、ニッケルナノ粒子を担持させた触媒「Ni/C12A7:e-」も、低温域では触媒として十分に機能しないことが確認された。

  • 水素触媒

    ニッケル(Ni)を種々の担体材料に固定化した触媒のアンモニア転化率と反応温度の関係(Ni担持量:10wt%、NH3流量:25mLmin-1) (出所:東工大プレスリリースPDF)

さらに、高表面積化したCaNHにニッケルを担持させた「Ni/CaNH-HS触媒」は、触媒活性が1.5倍程度に向上したという。

なお、今回の研究により、温和な条件下で作動する貴金属フリーなアンモニア分解触媒の開発方向が示されたと研究チームでは説明しており、今後、この考え方をさらに発展させ、より優れた触媒の開発やほかの触媒反応への展開を目指すとしている。