ワコムが8月11日から3日間にわたり、YouTubeで開催した無料のオンラインセミナー「夏のペンタブ集中講座」――。8月12日にはりぼん作家の木下ほのか先生が、トーン貼りなどデジタルにおけるマンガの仕上げ工程を披露しました。

  • ワコムのオンラインセミナー「夏のペンタブ集中講座」が開講。12日のマンガ講座には、りぼん作家の木下ほのか先生が登壇した

    ワコムのオンラインセミナー「夏のペンタブ集中講座」が開講。12日のマンガ講座には、りぼん作家の木下ほのか先生が登壇した

ファンも見守った60分

イラスト・まんが・Live 2Dという幅広いテーマで、デジタル制作のコツを解説していくワコムの夏のペンタブ集中講座。この日、りぼんで3年間にわたって連載してきた『ハツコイと太陽』が2021年9月号で完結したばかりという木下ほのか先生が登場すると、数多くのファンが視聴に訪れ、コメントを残していました。

  • 木下ほのか先生のプロフィール。小学生の頃から漫画家に憧れ、中学1年生のときには初めてりぼんに作品を投稿したという

    木下ほのか先生のプロフィール。小学生の頃から漫画家に憧れ、中学1年生のときには初めてりぼんに作品を投稿したという

木下先生はアナログとデジタルの良いとこどりな作業スタイルが特徴。真っ白な原稿用紙に水色のシャーペン(印刷に反映されない画材)で下書きをし、さらに上から普通のシャーペンで清書して、最後は丸ペン、Gペンでペン入れ。

そうして仕上げたアナログ原稿をスキャンしてデータ化、線画を抽出した後に、ワコムのペンタブレット『Wacom Intuos Medium』を使ってベタ塗り、トーン貼りなどの作業をしていく、というのが日常のフローだそうです。ソフトウェアには、「クリスタ」の略称で親しまれている「CLIP STUDIO PAINT EX」を使用しています。

  • 作業中の手元。ピンク、ブラック、ピスタチオグリーンの3色から選べるペンタブレット「Wacom Intuos Medium」を愛用中。普段はピンクモデルを使用しているそう

    作業中の手元。ピンク、ブラック、ピスタチオグリーンの3色から選べるペンタブレット「Wacom Intuos Medium」を愛用中。普段はピンクモデルを使用しているそう

セミナー中は作業中の先生の手元が映し出されました。ペンタブレットユーザーの多くはPCやモニターの正面に置いているのですが、木下先生の配置は独特。本人いわく「正面だとやりにくい」そうで、大胆に右方向へずらしています。左手はキーボードのショートカットをおさえています。

『ハツコイと太陽』最終回原稿に、リアルタイムでトーン貼り

さて、この日に木下先生が用意したのは、なんと『ハツコイと太陽』最終回の原稿の1ページでした。「ネタバレにならないページを持ってきました」と本人談。りぼんに掲載されたものとは違うトーンを適用していくとのことで、どんな雰囲気になるのか、早くも期待がふくらみます。

  • 手描きの紙原稿をスキャンで取り込んだばかりの、この状態からスタートした

    手描きの紙原稿をスキャンで取り込んだばかりの、この状態からスタートした

序盤は人物の洋服にトーンを貼っていきました。「アナログ時代とは比べ物にならないくらい、トーン貼りが楽になりました。やり直しができるのも良いところですね」とコメント。プリーツスカートはヒダごとにトーンの角度を変え、また裾の部分は削りブラシでぼかすことで、立体感を演出していきます。

  • プリーツスカートの作業イメージ

    プリーツスカートの作業イメージ

MCから「プロの漫画家さんでは、液晶ペンタブレットを使う方が多いようです。イラストレーターさんはプロ仕様のWacom Intuos Proをお使いになる傾向です。そんな中、木下先生は(一般ユーザー向けの)Wacom Intuos Mediumをお使いなので驚きました」とツッコまれると、「そうですよね(苦笑)」と返答。

続けて、「そもそも、環境が急にデジタルになったんですよ。最初、なんでも良いから買おうと思い、周囲に聞いたら『ワコムさんの商品を買っておけば大丈夫だから』ということで、これを買いました。今後、液晶ペンタブレットも使ってみたいです」と、新たな機材への興味ものぞかせました。

  • 木下先生が使っているWacom Intuos Medium(写真はワコムストアから)

    木下先生が使っているWacom Intuos Medium(写真はワコムストアから)

MCの質問に答えながらも、まだまだトーン貼りの作業は続きます。地道な作業ということで「大変じゃないですか?」とMCが問いかけると、「我々、アナログ民にとってトーン貼りはご褒美な作業でもあるんです(笑)。描いた原稿が、どんどんリアルになっていく。デジタルになっても、根気よくチコチコやっています」との答えが返ってきました。

  • 人物の洋服にトーンを貼っていく作業が続く

    人物の洋服にトーンを貼っていく作業が続く

この日は、同席したマンガ編集者にも質問が寄せられました。

視聴者から「編集者になるには、何をしたら良いですか」と問われると「たくさん漫画を読むことも大事ですが、いろんな本を読んで、いろんな映画を見て…。自分の引き出しを増やしてみてください。そうすれば、作家さんが悩んだときに『こういうのはどうですか』とアイデアを提案できるようになります。あとは『自分の学生時代はこうでした』って言えるように、普段の学校生活も楽しんでください。色んなことを吸収してほしいと思います」とアドバイスしていました。

木下先生に聞きたいマンガのアレコレ・一問一答

ここからは、視聴者から木下先生に寄せられた質問とその回答を、一問一答形式でまとめてみました。

―――洋服の勉強のためにしていることは?

「雑誌の『ニコラ』『ニコ☆プチ』を毎月購入しています。洋服のトレンドって移り変わりが早いですよね。街中にいる子どもたちの服装も参考にしています。いつも洋服の柄が決まらなくて大変なんです。雑誌を見ながら『こういうトーンが良いかしら』なんて悩むんですが、決まるまでに本当に時間がかかっちゃう。でもデジタルだと、手軽にトーンを貼り直せるのが良いですね。作業しやすくて助かっています」

―――デジタルで絵を始めるにはどうしたら良いのでしょう?

「わたしは、色んなアシスタントさんに聞いて機材をそろえました。あとはクリスタの公式ガイドブックなども参考にしました」

MCからは、ワコム製品にはCLIP STUDIO PAINTがバンドルされる製品もあるため、「クリスタを試してみたい」という人にもオススメとの案内がありました。

―――線がきれいに描けないのですが…。

「わたしも、ペンで線を描く練習をたくさんしました。手に力が入らないようにして…それが難しいのですが。あとは自分にとって描きやすい角度があるはずなので、それを見つけて練習してみてください」

ちなみに、木下先生は小学生のころ友だちと交換漫画をしており、次第にマンガ雑誌に投稿したい、という思いが強くなっていったそうです。

  • 輪郭を描くときは、自身が描きやすいよう、絵を回してから描いても良い

    輪郭を描くときは、自身が描きやすいよう、絵を回してから描いても良い

―――アナログでは、どんな作業が楽しいですか?

「ツヤベタ(髪の毛の光が当たる部分を白く塗り残す表現)が好きで、一生やっていたいくらいです(笑)。昔から得意だったんでしょうね。デジタルでは(トーンの)『削り』の作業が好きです。クリスタでは一般ユーザーがブラシや素材をアップロードしているので、見ているだけで楽しいし、そこで良いブラシをみつけると削りの作業がより楽しくなります」

―――アナログからデジタルに切り替えた経緯は?

「自分はアナログ派でしたが、デジタルだからできる表現が羨ましかった。そこで、やってみようと思ったんです」と木下先生。

デジタルでやってみたかったことのひとつがトーン貼りとのことで、次のように続けています。

「少女漫画はトーンをたくさん使うので、結構お金がかかるんです。湯水のようには使えないし、貼るには時間もかかります。とはいえ、それが楽しくもあるんですが」

デジタルに切り替えたおかげで、いまでは様々なトーンを気軽に試すことができる、とうれしそうに話していました。

―――ペン入れのときに意識していることは?

線の強弱をつけないと機械的な感じが出てしまう。例えば絵本なら、あえていびつな線にすることで温かみも出る、という文脈から、ペン入れのときには「線に強弱をつけること」を意識している、と木下先生。

「墨だまりをつけています。人の輪郭なら顎、あとは洋服と首の境界線。線と線がくっつくところにペンを重ねることで、立体感が出るので、後から足しています」

  • 写真の赤い丸の部分が、墨だまりの例。人の顎(あご)などにも線が太くなっている部分があるが、それは意識的につけた墨だまりとのこと

    写真の赤い丸の部分が、墨だまりの例。人の顎(あご)などにも線が太くなっている部分があるが、それは意識的につけた墨だまりとのこと

―――コマ割りがうまくいきません。

「目立たせたいコマは大きく、そうでないコマ(背景だけのコマなど)は小さくします。小ネタは大きくなくて良い。その配分を1ページの中で決めてください。メリハリをつけることで、見やすくなります」

―――男子をかっこよく描くコツは?

「わたしは、好きな男子を3次元で見つけて、それを見ながら描いています。アイドル雑誌、男性向け雑誌などでイケメンを見つけて、自分の絵に置き換えてみるんです。(世間一般のイケメン像ではなく)自分の『萌え』を大事にすると良いかも知れません」

トーンがもたらした効果に注目

そして1時間が経ったところで、ほぼ完成。(雑誌に掲載された)実際の最終回とは、また違う雰囲気に仕上がりました。1コマ目はキラキラする効果トーンを貼ることで華やかに。背景の斜線でスピード感も出ています。

  • 華やかなシーンには、このようなキラキラした効果トーンを使った

    華やかなシーンには、このようなキラキラした効果トーンを使った

また、トーンを有効活用したのが最後のコマ。右から左へ向かう、グラデーションがかかった効果トーンを貼ることで、読者の視線を登場人物に誘導することに成功しています。

視聴者からは「目からウロコ」「勉強になります」「すごい、先生」「意識してないところにも気配りがあるんですね」といった反応が寄せられました。

  • 余白には外から内へ向かうグラデーショントーンを貼り、視線誘導に活用した

    余白には右から左へ向かうグラデーショントーンを貼り、視線誘導に活用した

最後にワコムから、オンラインセミナー「夏のペンタブ集中講座」はYouTube上にアーカイブが残るため、いつでも視聴できるとのアナウンスがあり、無事に配信終了となりました。

  • 「夏のペンタブ集中講座」はワコムのYouTube公式アカウントにアーカイブされている

    「夏のペンタブ集中講座」はワコムのYouTube公式アカウントにアーカイブされている