東京大学(東大)と日本原子力研究開発機構(JAEA)、J-PARCセンターの3者は6月24日、地球形成初期を模擬した高温高圧実験を行い、鉄に軽元素が取り込まれる過程を中性子回折によりその場観察した結果、高温高圧下で含水鉱物から脱水した水と鉄との反応で起こる鉄の水素化が、共存する硫化鉄によって抑制されることを明らかにしたと発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科 附属地殻化学実験施設の飯塚理子客員共同研究員(研究当時・同特任助教)、東大 物性研究所 附属物質設計評価施設の後藤弘匡技術専門職員、東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の市東力大学院生(研究当時)、愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センターの福山鴻日本学術振興会特別研究員PD(研究当時:東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻大学院生)、東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の森悠一郎大学院生、JAEAの服部高典主任研究員、同・佐野亜沙美主任研究員、総合科学研究機構 中性子科学センターの舟越賢一主任研究員、東大大学院 理学系研究科 附属地殻化学実験施設の鍵裕之教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

現在の地球のコアは、純粋な鉄(Fe)を想定した場合よりも密度が小さく、水素(H)、炭素(C)、酸素(O)、ケイ素(Si)、硫黄(S)などのさまざまな軽元素が溶け込んでいると考えられている。

そして共同研究チームのこれまでの研究から、地球の始源物質を模擬した鉄-含水ケイ酸塩試料において、含水鉱物の分解によって生じた水と固体の鉄とが酸化還元反応を経て、鉄の水素化反応が起きることが明らかとなっていた。しかし、この水素化に対するほかの軽元素の寄与がわかっていなかったという。

そこで研究チームが今回着目したのが、始源物質となる鉄隕石や火星をはじめとする惑星のコアに多く含まれ、なおかつ水素と同様に鉄の密度・融点を大きく下げる要因となる硫黄だという。原始地球の組成を見立てた試料について高温高圧下での中性子回折実験を用いて、鉄の水素化に及ぼす硫黄の影響について検討が行われた。

実験は、J-PARCの物質・生命科学実験施設MLFにある高圧ビームラインPLANETに設置された大型6軸の高温高圧・中性子実験用プレス「圧姫(あつひめ)」を用いて行われた。

地球形成初期の状態を模擬するため、試料カプセルの中には地球の始源物質である鉄、硫黄および含水ケイ酸塩の原料となる混合粉末(クオーツSiO2とブルーサイトMg(OH)2)が充填された(実際の実験では、回折パターンのバックグラウンドを減らすために、水素の代わりに重水素(D)で置換したMg(OD)2が用いられた)。そして比較のために硫黄を含まない試料での実験も行われ、6~12GPa、1200Kまでの温度圧力領域で回折測定が実施された。

試料が加圧されたあとに段階的に試料が加熱されると、Mg(OH)2が脱水して水が生成され、それが鉄の高温高圧相と反応して水素化鉄が生成される。出発試料に硫黄を含む場合は、鉄の高温高圧相とともに硫化鉄(FeS)が形成され、このFeSには水素が取り込まれていないことが確認された。

得られた回折パターンはリートベルト解析によって構造情報が調べられ、鉄に取り込まれた水素の量が算出された。

  • 原始地球

    高温高圧下(6.7GPa、1000K)で長時間測定が行われて得られた中性子回折データが解析された結果の一例。重水素化鉄(FeDx)の高温高圧相(fcc)には、結晶構造中の八面体サイト(D八)と四面体サイト(D四)に重水素が取り込まれ、共存する硫化鉄FeSには重水素は取り込まれていないことが確認された (出所:東大Webサイト)

すると、硫黄を含んだ試料では、硫黄を含まない試料に比べてどの温度圧力においても少ないことが判明。これらのことから、硫黄を含む場合には、鉄と反応してできたFeSが鉄の水素化を阻害することが明らかとなった。

  • 原始地球

    解析で得られた鉄の高温高圧相(fcc、hcp)中に取り込まれた重水素量と温度・圧力の関係(各データに添えられている数字は圧力値)。温度と圧力に対して正の相関を持ち、硫黄を含む試料では、含まない試料に比べて重水素量が減少することが明らかとなった。また、温度圧力がより高くなっても、x~0.4付近に存在する溶解度ギャップを超えられないことが予想されるという (出所:東大Webサイト)

これまでの含水鉱物を含まない試料の先行研究では、“FeS合金と水素とを直接反応させると水素化したFeSが生成する”という結果が報告されていたが、今回の結果はそれとは異なるものとなった。これは、実験中に生成した水が、水素化反応のメカニズムや水素化鉄-硫化鉄の相平衡関係に影響を与えているものと考えられるという。

今回実施された研究では、水の存在下で水素は水素化鉄として、硫黄は硫化鉄としてともに固体の鉄に取り込まれることが明らかとなった。この結果から、原始地球では始源物質が集積していく初期段階で、水素は固体の鉄へと優先的に溶け込み、水素化鉄と硫化鉄の共存によって鉄の融点を大幅に下げ、より低い温度で融けやすくなった可能性が考えられるとする。

このようにして溶融した鉄化合物中にそのほかの軽元素が徐々に取り込まれていき、地球の中心へと沈んで最終的にコアを形成していったことが考えられるという。

  • 原始地球

    原始地球の形成過程における、鉄への軽元素が取り込まれた際のシナリオ。微惑星の集積時に、水素と硫黄がまず固体の鉄に取り込まれ、融点が降下してできた鉄メルトにほかの軽元素が濃集してコアが形成されたと考えられるという。水がいつ、どの程度地球にもたらされたかが、コア中の軽元素の謎を解明する鍵となるとした (出所:東大Webサイト)

なお、地球コア中の軽元素に関する謎の解明に向けて今後は、地球進化過程における水の起源とその量を考慮した上で、水素・硫黄だけでなく候補となるほかの軽元素がいつどの程度鉄に取り込まれたのかを明らかにするために、複数の軽元素の寄与を同時に考えていく必要があるとしている。