近ごろのスマホは望遠撮影に注力した機種が増えていますが、100mm、400mm、800mm(800mmはデジタルズーム)という圧倒的な超望遠撮影に対応した新趣向カメラ「PowerShot ZOOM」をキヤノンが販売しているのをご存じでしょうか? 2020年10月にまずクラウドファンディングで販売したところ、事前告知もない平日にもかかわらず、用意した1,000台が6時間50分で完売になる…という記録を打ち立てました。現在は一般の家電量販店でも販売しており、「スマホでは不可能な超望遠の世界が手軽に楽しめる」と好調に売れ続けています。どのような経緯で開発された製品なのか、特徴的な単眼鏡的なデザインになったのはなぜなのかなど、気になる部分を開発者に直撃しました。

  • 今回お話をうかがったPowerShot ZOOM開発者の方々。左から保刈祐介さん(デザインを担当)、島田正太さん(商品企画を担当)、井沼満里奈さん(マーケティングを担当)

スマホに足りない望遠撮影を楽しんでもらいたい

PowerShot ZOOMは、遠くのものを撮影することに特化した超望遠デジタルカメラ。焦点距離は100mm、400mm、800mmの3つの焦点距離を切り替え、静止画と動画の撮影が可能なほか、デジタル望遠鏡としても使えます。片手でホールドでき、液晶モニターレスの小型ボディなどを特徴とします。家電量販店での実売価格は35,000円前後。

  • 望遠鏡型のデザインを採用したPowerShot ZOOM。本体は手のひらに収まるサイズに仕上げられている

――PowerShot ZOOMは大変ユニークな製品ですが、まずは企画の背景や製品の狙い、コンセプトを教えてください。

島田さん:カメラ市場はスマホの普及でダウントレンドにありますが、一方で写真を撮る枚数は劇的に伸びています。そこにキヤノンとして、ユーザーに新しい提案をしたいと考えました。

  • キヤノン株式会社 イメージコミュニケーション事業本部の島田正太さん(商品企画を担当)

キヤノンは数年前から、CP+などの展示会で新趣向カメラのコンセプトモデルを展示するなどしてユーザーからのフィードバックを得たうえで、ポジティブな反応があれば商品化を加速するという取り組みを行っています。その第1弾が、2019年リリースした「iNSPiC REC」というアウトドア向けカメラです。これが非常に好評で、その第2弾として企画していたPowerShot ZOOMも「早く商品化してほしい」という声を多くいただき、商品化した次第です。

最初の発想として、このモデルは「カメラのレンズ」を考えました。スマホは多くの方がお使いですが、スマホのカメラを標準レンズとすると望遠側が足りません。そこで、レンズを交換するように使えるアイテムとして考えました。日常になじむように、小型軽量にはかなりこだわっています。

――想定しているユーザー層は?

島田さん:最初からはっきりしていたわけではありません。超望遠がどういう人にハマるか、どういう形がよいのかを検討するために、架空のカタログを作って検討するなどしました。その過程で、スポーツ観戦を楽しむ人にマッチしそうだということになりました。加えて、子どもの運動会やサッカーの試合といったシーンでビデオカメラ代わりに使えることも考慮しました。

プロモーションではスポーツ観戦をメインに訴求していますが、旅行に行くときにPowerShot ZOOMを持っていけば、ふだんカメラを持ち歩かない人でも撮影に使ってもらえますし、撮らなくても遠くを見るだけでも楽しめると思います。望遠鏡という点では、バードウォッチャーなどのネイチャーファンにも受け入れてもらえるだろうと考えました。

井沼さん:国籍や年齢に関係なく楽しんでもらえるという考えで、カタログやWebサイトのビジュアルにはさまざまな国籍の方に登場していただいています。

――展示会での反応はどのようなものでしたか?

島田さん:最初にコンセプトモデルを展示したのは、米国で開かれたCES 2018の展示会でした。“望遠を小型に”というコンセプトに、多くの共感が集まりました。最初はいろいろな形態を提案しまして、置き撮りをするものやスマホに装着するものなどを考案しました。そのなかで、“見ながら撮る”という望遠鏡スタイルへの反応が良かったのです。そこで“見る”と“撮る”を一体化することを軸に、検討を重ねていきました。

  • 2019年の「CP+2019」のキヤノンブースで展示された新コンセプトカメラの試作機。PowerShot ZOOMのもととなったモデルだ

――今回Makuakeで購入したユーザーは、どのような層が多かったのでしょうか?

島田さん:Makuakeのコメントなどを見ると、おおむね我々の想定と近いユーザーでした。通常、キヤノンの製品は発表まではブラックボックスですが、今回は正式発表前からオープンにしてお客様の声を聞いていたので、ギャップが少なかったのだと思います。

井沼さん:一方で、「サバイバルゲームで武器の上に付けておき、撃った瞬間を記録したい」といった、我々の思いも寄らないアイデアも聞かれました。本体色は迷彩柄の希望もあったほどです。とても面白いと思いますが、迷彩柄の商品化は未定です。

島田さん:我々としては、ユーザー自身で新しい使い方を見つけてくれることも期待しています。

――Makuakeで購入された方は若い方も多かったということでしょうか?

島田さん:バラけてはいますが、30代~50代の方が多い印象でした。こういったアイテムを使ってアクティブに楽しみたいという方であれば、年齢層関係なく関心を持ってくれているのかなと思っています。もちろん、20代や60代の方の購入もありましたが、Makuakeというチャネルの特性上、30代~50代の方に多く見られていたのかなと思っています。

井沼さん:キヤノンのオンラインショップのユーザーに比べると、Makuakeのほうが少し若かったですね。直販サイトは40代以上が多いので、30代に見てもらえたのはMakuakeを使ったメリットになりました。

片手でも両手でも安定して持てるデザインにした

――とても面白い形ですが、この形状に決まるまでの経緯を教えてください。

保刈さん:私は、デザイン以前のコンセプトの段階からPowerShot ZOOMに関わっていたのですが、根底にあったのは年齢や性別にかかわらず“遠くのものに興味を持っている”だけの人ですね。例えば、動物園のキリンをアップで見たいお子さんもターゲットですし、遠くの鳥を見たいシニアもターゲットになります。とにかく“遠くのものに熱い思いを持っている人”という切り口でやってきたのが、製品の幅を広げられたポイントだと思います。

  • キヤノン株式会社 総合デザインセンターの保刈祐介さん(デザインを担当)

実際、PowerShot ZOOMで遠くのトラックや鳥を眺めているだけでも楽しいです。カメラというよりも、好奇心をくすぐってくれるガジェット、という立ち位置でデザインしました。

先ほども述べた架空のカタログの話ですが、80人くらいのペルソナを作って検討しました。競馬に行く女性が増えていると聞けば、それで1枚。ディズニーランドのパレードを撮りに行く人で1枚、という具合です。

島田さん:ディズニーランドでPowerShot ZOOMを実際に使われている方をたまたま見かけて、とてもうれしかったです。

保刈さん:望遠レンズを使ったアイテムというコンセプトをもとに、持ちづらくないか、ディスプレイを見ながらでも見づらくないか、スポーツを観戦しながら使えるのか、といった部分も検討して最初の形を提案しました。

  • モックアップの一部(右端は製品版)

開発当時、実際にここまでの小型化ができるか確証はなかったのですが、デザインは好評でした。重視したのは、手軽に望遠を楽しむというのはどういうことか?という点です。それは“片手で使えること”と“ポケットに入る”ということでした。スポーツ観戦で、片手にメガホンや飲み物を持っていても使える、という点も考慮しました。つまり、何かをしながら使えるということです。片手かつどちらの手でも使えるので、疲れたら持ち替える事もできます。より安定させるために、両手でも持ちやすい形にしています。

  • メガホンを持ちながらのスポーツ観戦でも片手で使えるのがポイント

当初はつまんで使うような形も考えていたのですが、超望遠なので少しのブレで見づらくなってしまうことが考えられました。そこで、手のひらで握りやすい楕円形にしました。これによって重さも感じないですし、なんといってもブレにくくなりました。覗きながら使うアイテムなので、鼻などがぶつからないようにするなど使い勝手にこだわっています。

  • デザインも後期になると楕円形のモックアップが登場する

さらに、人差し指と親指ですべての操作ができるようにボタンを決めていきました。サイズに関しては、開発の途中でさらに小さくすることもできそうだったのですが、小さすぎても使いづらいということで、少し大きくした経緯もあります。

  • 製品版(右)よりも小さなモックアップ(左)もあった

当初はいろいろなカラーバリエーションも考えていたのですが、応援するチームのカラーに合わせやすい白にしました。白は心理的に軽く感じる色でもあります。一般的に、カメラの一等地はレリーズボタンなのですが、PowerShot ZOOMは望遠を楽しむということでズームボタンを置いたのもポイントです。このように、とことんユーザーの立場に立って考えるというデザインで設計しました。

  • 一番指が届きやすい部分に、一番大きなズームボタンを配置した

――モックアップの変遷を見ると、球体型や分離型もありますね。

島田さん:球体型はサイズが大きくなって携帯性が悪くなることや、置いたときに転がってしまう問題があって、早々に見直すことになりました。

分離型は、スマホと接続して撮ることを考えていました。しかし、みなさんの意見を聞いてみたところ、発想はいいんだけれどスポーツ観戦などではかえって使いにくくなってしまうのではないか?ということになりました。スマホと組み合わせること自体は面白いので、PowerShot ZOOMでもスマホと連携させて使える機能は継承しています。

  • 分離型のモックアップ

キヤノンのカメラで大事にしているレンズバリアもあえて省いた

――ほかにも、これまでのカメラと異なる開発プロセスはあったのですか?

島田さん:大学ラグビーなどの大会で、モニターさんに使ってもらったりして改良点を探っていきました。発売直前では、Jリーグの大分トリニータに協力いただき、サポーターさんに使ってもらったりもしました。

井沼さん:日本野鳥の会の方にも使ってもらい、バードウォッチングでの使い勝手も検証しました。ふだんはカメラと望遠鏡を持ち歩いているそうですが、「それらが1つで済むのが便利」であるとか、「一瞬で拡大できる点が便利」だと話してくれました。私たちも新しい発見がありましたね。

  • キヤノンマーケティングジャパン株式会社 コンスーマ商品企画本部の井沼満里奈さん(マーケティングを担当)

島田さん:普段の散歩でも使いたい、イベントのときだけでなく日常的にポケットに忍ばせておきたい、という意見もありました。旅行やイベントなどのハレの日だけでなく、日常も楽しくしてくれるかもしれない…という気付きがありました。

――設計面で力を入れた部分はどこでしょうか?

島田さん:やはり小型軽量にする部分ですね。1つ目は、光学系を新規に起こしたということです。メカでは、どこにどうパーツを収めるかという部分で苦労しました。例えば、スポーツ観戦の時間に耐える容量のバッテリーを積むために、レンズを片側に寄せてバッテリーのスペースを確保する工夫をしています。見たいものをすぐに見られるように、起動時間の速さにもこだわりました。

保刈さん:幅広いユーザーをターゲットにしているので、視度調整ダイヤルの回しやすさにもこだわっています。握っても回せますし、爪が長い女性などは指の腹でも回せるようにしています。ファインダーを表示させるアイセンサーの検知範囲を広げることで、マスカラを付けていてファインダーから少し目が離れている場合でもファインダーが点灯するよう、独自の調整をしてあります。

  • ファインダー接眼部のすぐ下に設けた視度補正ダイヤル。親指の腹でも回せるように工夫した

島田さん:ちなみに、ファインダーは0.3型の大きなタイプで、ミラーレスカメラの上位機種でも使われているものです。ここを小さくすることもできましたが、そうすると“見る”という体験が貧相になってしまうので、ぜいたくに良いパーツを採用しました。

機能面では、いろいろなものをあえて割り切っているのも特徴でしょう。開発を進めるなかで、「これもあったほうがいいのでは」というアイデアはたくさん出たのですが、それを入れていくと大きくなったり使い勝手が悪くなってしまうので、ほとんどは思い切って採用を見送りました。コンセプトがブレてどっちつかずになるのを恐れていたので、そうならないように腐心しました。

保刈さん:レンズバリアがないのもキヤノンとしては珍しいですね。キヤノンはレンズを大事にしている会社ですので、レンズキャップやレンズバリアを普通は付けているのですが、老舗ならではのそうしたしがらみを見直して、取り外しの手間なくすぐに使えるようにしています。(後編に続く)