有名イラストレーターの世界観をフォントで表現

――今後リリース予定のカラーグリフを含む書体「ヒグミン」について、開発のきっかけを教えてください。

  • イラストレーターのヒグチユウコさんとの協業で生まれたフォント「ヒグミン」(フォントの日の配信動画より)

    イラストレーターのヒグチユウコさんとの協業で生まれたフォント「ヒグミン」(フォントの日の配信動画より)

西塚さん: きっかけはTwitter上のやりとりでした。ヒグチユウコさんが「アドビから(自身の手書き文字が)フォントにならないかな」とツイートされていて、それに私がレスポンスしたのがきっかけです。もともと私がヒグチさんのファンで、ちょっと怖い感じもするけれどすごく魅力的で、作品の世界観にマッチした文字が気になっていました。

制作が始まる前から、ヒグチさんの魅力的な手書き文字はヒグミンという愛称で呼ばれていて、書体名はそれをそのままつけています。

――「ヒグミン」にはイラストに近いカラーグリフが多く、ユニークな使い心地になりそうです。フォント開発は、貂明朝の時と比べて方法に変化はありましたか?

西塚さん: ヒグミンでは、ヒグチさんご自身に絵文字のデザインとカラーリングをお願いしています。貂明朝の経験を通じて、やはり画家であるヒグチさんご本人にデザインしていただいたほうが、より良いものが仕上がると思ったからです。どういった絵文字を作るかは、ふたりで相談して選びました。

  • ヒグミンの使用イメージ。細いひげのような装飾が特徴(フォントの日の配信動画より)

    ヒグミンの使用イメージ。細いひげのような装飾が特徴(フォントの日の配信動画より)

西塚さん: また、ヒグチさんにはフォント用にあいうえお順にひらがな・カタカナを1文字ずつ書いていただいたのですが、それをそのままフォントにしたのではなく、少し文字の調整を行いました。というのも、実際の作品の中にある文字のほうが生き生きしてて見えたからです。私のほうで作品を見ながら、特徴であるヒゲの部分などを調整しました。

ヒグチさんは水彩絵の具で着色されるので、離れて見ると水彩の色合いになるように濃淡やにじみを調整して、Illustratorのパスに面分割しています。貂明朝のベタと影の色のみのくっきりした色使いとは違うアプローチです。

フォントは横にどんどんつなげていけるので、リボンや草むら、キノコなど、横に並んでいくとかわいらしいモチーフを選んでいます。文章の段落の区切りでヒグミンの草を横一列に配置したり、罫線のように使えると思います。

自由なようで制約もある、カラーフォントの現状

――お話を伺う限り、カラーフォント共通の作り方があるというよりは、プロジェクトごとに違うアプローチをされているようですね。

  • アドビ フォントデザイナーの吉田大成さん

    アドビ フォントデザイナーの吉田大成さん

吉田さん: カラーフォントだからこう作る、というような様式はまだない状態です。カラーフォントはマシンパワーやアプリに影響されて、これからどんどんかたちが変わっていくと思います。

西塚さん: Unicodeでの規定は何もなく、タイプデザイナー次第の部分がとても大きいです。かといって用途にあわせた彩色は考えるので、作り手としては自由なような、制約があるような。

ユーザーからは色が自由に変えられず、カラーモードはRGBのみで印刷では彩度が落ちるなど、使いにくい部分があるのも事実です。印刷で使いやすくするためのCMYK対応は多くの方に望まれているので、今後対応する可能性もあるかもしれません。

もしそうなると、タイプデザイナーが既存の文字セットとRGBとCMYK両方のカラーフォントを作ることになって、作業量は膨大になってしまうのですが…(笑)

吉田さん: カラーフォントが今後のフォントのベーシックな仕様になるかは、まだわかりません。この取材にあたってカラーフォントの事例を改めて探してみたのですが、これだというケースは見つかりませんでした。まだ使う側も手探り状態だし、そもそも知られていない段階なのかな、と。

これから数がたくさん出てきて、知識として浸透したあとに、どんどん事例が出てくるのだと思います。バリアブルフォントも含めて、まだまだこれからかなと思います。

西塚さん: カラーフォントの浸透の面で、ヒグミンの影響力は大きいと考えています。ファンの方がダウンロードされてアートワークに使うと考えると、文字もとても素敵ですが、それと同じかそれ以上のボリュームと存在感の絵が収録されていますので。ヒグミンをきっかけに、カラーフォントに初めて触れるという方も多くなるかもしれません。

いずれにせよ、カラーフォントの使われ方は、フォント名のようにエゴサーチするのも難しいので、なかなか把握できていないのが現状ですね。もしWebデザインやHTMLメールなどで使ったよ! という方がいらっしゃったらぜひ教えてほしいです。

――ハッシュタグをつけて使ったケースを発表しあうような流れができてくるといいですね。

西塚さん: もしそうやって教えてくださったら私たちは見に行きますし、そして大いに喜びます!

吉田さん: 喜んだことで、また次のカラーフォントがリリースされると思います。

カラーフォントの「ワクワク感」と今後の展望

――最後に、カラーフォントの広がりによって、ユーザーにどんな変化が起きそうと予感していますか? 予想でも、希望でも、お聞かせいただければと思います。

西塚さん: そうですね、カラーフォントの現在の仕様上、一番導入しやすいWebの分野で、文字の使われ方に進化が見られるのではないかなと。以前からブログでは絵文字が多用されているので、そのあたりに組み込まれていくのかもしれません。

Webの文字周りは、歴史的に印刷物を元としながらも、まだ縦書きもうまく組めるようにはなっていないなど進化の途上にあります。Web上の表現手法が十分広がってから、カラーフォントはユーザーの読みやすさの向上だとか、あるいはデザイン要素の一部として使われていくのではないでしょうか。

吉田さん: 貂明朝やヒグミンもそうですが、カラーフォントにはこれから絵文字が多く入ってくると思います。そういう書体が増えてくると、皆がIllustratorの中だけじゃなくて、メッセージツールとしても使いたいという方向になっていきそうだな、と。

今も絵文字は各デバイス(OS)ごとに用意されていますが、それらに加えてフォントに収録された絵文字も使っていきたい、という流れになるかもしれないですし、もっと自由に選べたらと自分でも思います。

ヒグミンを試させてもらっているのですが、テキストツールの中に鮮やかな絵文字が登場するのは、打っていてとても楽しいです。こんな風に、カラーフォントを通して、ユーザーにワクワクしてもらえたらと願ってやみません。

――ありがとうございました!