2021年2月、大阪市立新巽中学校の生徒が作成した、1枚のプレスリリースが届きました。内容は、新巽中学校の生徒たちが自ら企画・運営するeスポーツ大会や、「ゲームは悪なのか?」をテーマとしたプレゼンテーションを実施するというものです。
今回は、このイベントをオンラインで取材できたので、その模様をお届けします。また、イベントの実現に向けて取り組んだ山本昌平先生へインタビューし、取り組みの背景や目的について伺いました。
開催までの準備は、大人への合意形成が9割
取り組みのきっかけになったのは、2020年10月に開催された「脱獄ごっこ×生野っこeスポーツチャレンジ!」という、小中学生対象のeスポーツイベント。ロート製薬・大阪市生野区役所・デジタルハーツによる共催で行われたイベントで、大阪市生野区にある新巽中学校も招待を受けた学校の1つでした。
このイベントについては、ロート製薬で未来社会デザイン室室長を務める、荒木健史さんのへのインタビューを通じてお伝えしました。そのインタビュー内で語られていた「子どもたちにもeスポーツ大会の運営を経験してもらいたい」という構想が、新巽中学校の山本先生との出会いによって、さっそく実現したことになります。
この試みを実現するために、まず山本先生が行ったのは周囲を巻き込むことでした。学校でゲームを使うことに前例がないため「脱獄ごっこ×生野っこeスポーツチャレンジ!」に携わった各関係者のバックアップを受けながら、企画を進めていったといいます。
発表会に参加したのは2年生。ゲーム好きな生徒が特に多い学年で、もともと保護者から「ゲームとの関わり方に悩んでいる」という声が多くあったそう。実施にあたり、子どもたちがゲームとの関わり方を学ぶプログラムにすることを伝えると、保護者からはポジティブな反応がありました。
しかし、当日までの準備期間は、理解を得るために周囲の大人を巻き込んでいく作業が9割を占めていました。
学校での学びは「ペーパーテストでどれだけ良い点がとれるか?」に焦点が当たりがち。そのため、ゲームはもちろん、YouTubeやSNSなども「学びに関係ない」と捉えらてしまう傾向があります。
「言葉だって間違って使えば人を傷つけてしまう。端末やゲームも同じで、それ自体が悪いわけではなく、正しい使い方を知る必要があります。そういう学びの場を作っていくべきだ、と順をおって伝えていきました」
学校では自己の人生を豊かにする力や、他者とより良く生きる力を育むことも大事です。そのため、日常に存在するゲームや動画、SNSの関わりかたや使いかたについても学ぶ必要性があるのでしょう。
イベントは動画・大会・プレゼンの3パートで構成
発表会の内容は、動画・eスポーツ大会・プレゼンの3つのコンテンツで構成されていました。それぞれのコンテンツには、手を挙げた有志の生徒たちが参加。それ以外の2年生は、Googleサイトを使い、今まで学んだことをまとめるページを作成しました。
生徒たちが参加するコンテンツを決めてから、当日までの準備期間は1カ月半ほど。動画・eスポーツ大会・プレゼンという3つのコンテンツは、生徒たちから出た案をもとに決定したのだといいます。
「こちらから一方的に『eスポーツ大会をやりましょう』と言っても、“やらされている感”が出てしまいます。ですので、子どもたちには、事前に2つの問いを投げました。それは、『ゲームは本当に悪いものなのか』と『人をワクワク・ドキドキさせる仕組みって何だろう』というもの。そして、この研究の成果が外部の人たちにも伝わる取り組みにしようと提案するところから始めました」
新巽中学校の体育館で行われた発表会は、1つ目のパートである動画の発表からスタートしました。内容は、生徒たちが1年生のときに実施した、大阪市生野区の魅力を発信する取り組みをまとめた「学びの振り返りムービー」です。
動画は、再現ムービーのように生徒たち自身が出演。ユニークな編集を加えたストーリー仕立てのものに仕上がっていました。生徒たちは、過去にも動画の制作に取り組んだことがあり、ほとんど先生の力を借りずに完成させたのだとか。
2つ目のパートは、生徒たちが企画・運営するeスポーツ大会。今回の取り組みでは、eスポーツ大会を実施するために必要なあらゆる役割を生徒が担当していました。
役割を洗い出す段階では、ロート製薬の荒木さんが生徒たちに授業を行いました。「脱獄ごっこ×生野っこeスポーツチャレンジ!」での例を挙げながら、大まかな役割を説明。実際に準備を進めていくなかで必要だとわかった細かな役割も、生徒たちが自主的に担っていきました。
当日は、表に立つ司会や実況、進行を支えるスタッフのみならず、カメラや照明、音響などの機材まわりも、すべて生徒たちで分担。大会の模様は、YouTubeで限定公開されており、今回の取材はまさに、生徒が撮影していた映像をもとに行っていたことになります。
eスポーツ大会といえば、どんなに準備を重ねていてもトラブルがつきもの。本番では、端末やネット回線、機材関連など、予期せぬトラブルも多く発生しました。生徒たちなりの気付きも多くあったようです。
運営に携わった生徒たちは、それぞれの課題点を振り返りつつも、一生懸命に取り組んだ達成感を得ていたと、山本先生は語ります。
eスポーツ大会に出場したのは、運営に携わっていない2年生の生徒たち。事前に予選を行い、当日は予選を勝ち抜いた8チームが対戦しました。タイトルには、スマホゲームの『脱獄ごっこ』を採用。主に昼休みの時間を使って練習していたそうです。
各チームのメンバーは、くじ引きで決めた男女混合の5人。運営を担当する生徒から「ゲームの大会だから、男女混合でいいですよね」という言葉が自然に出てきました。こうした部分は、性差を考慮する必要がないeスポーツならではの魅力といえます。
さらに、eスポーツならではの良さとして山本先生が挙げたのは、体育大会や文化発表会などの学校行事で活躍する生徒とはまた違う生徒たちが輝いていたこと。運営に携わったのは、ほかの学校行事で目立つ生徒とはまた違った生徒たちでした。ほかの先生方からも「今までの行事では見られなかった子どもたちの活躍が見られた」と、非常に大きな反響があったようです。
ちなみに、eスポーツ大会の冒頭で、プレイや観戦にあたってのマナーについて、しっかりと触れられていたことも印象的でした。実は、これは生徒からの提案によるもので、先生方の目線では抜け落ちていた部分だったといいます。
提案した生徒はおそらく、普段から“適切に”ゲームに触れていて、対人ゲームにおいて暴言や煽りが起こりがちな問題行為であることや、味方とポジティブな言葉をかけ合うことの大切さを、よく知っていたのでしょう。
3つ目のパートであるプレゼンは、3人の生徒によって行われました。1人目は、あえて「ゲームは悪だ」とする視点からの内容を発表。2人目は、それに反論する形で「ゲームは学びに繋がる」という主張を、実体験を交えながら発表しました。
そして、3人目はゲームのメリットとデメリットを整理したうえで、なぜ「ゲームは悪だ」と言われがちなのかについて考察。ゲームを通じて身につくと考えられる非認知能力は、具体的な数値で測ることが難しく、デメリットに比べてメリットが見えづらいことなどを発表しました。
3人とも、パワーポイントをしっかりと使いこなしており、PCを片手に堂々とプレゼンする姿は大人顔負け。これにはとても驚かされましたが、どうやら新巽中学校では、普段の授業でもプレゼンする機会を作っているそうで、その成果が発揮されていました。
プレゼンの前には、ロート製薬の荒木さんから核となる知識を伝え、それをもとに生徒たち自身の力で資料を作成。山本先生からは、伝わりにくいところを繰り返しフィードバックし、ブラッシュアップを重ねて本番を迎えたといいます。
最終的なプレゼンの完成度は、山本先生も驚くほど。特に実体験をもとに発表した2人目の生徒については、「ゲームという題材がうまくハマったことで、期待以上の内容になっていた」と称賛しました。
次の機会をつくるためには、教育的価値を伝える必要がある
そもそも今回なぜ「ゲームは悪なのか?」について考えることになったのでしょうか。この質問を山本先生にぶつけると、これは現在の教育現場において意味のある問いなのだと、答えが返ってきました。
「テクノロジーは日々進化しているのに、今の教育現場はそのほとんどを遮断してしまいます。GIGAスクール構想で整備される1人1台端末は、多くの制限がかかっており、YouTubeを見られないどころか、メールすら送れません。でも本来、それ自体は悪いものではありませんから、ただ単に制限するのではなく、正しい向き合い方や自制心を学んでいくべきですよね。それは、ゲームも同じ。つまり、『ゲームは悪なのか?』という問いは、教育現場に一石を投じる内容でもあったんです」
教育現場に一石を投じたとはいえ、今後もこのような機会をつくるためには、高い壁を乗り越えなければならない状況だといいます。というのも、このイベントを実施した新巽中学校は、いくつかの条件が重なった特殊な環境にあったからです。
まず1つに、Googleがコロナ禍に実施した学校への端末無料貸出プログラムで、1人1台の端末提供を受けられたこと。さらに、パナソニック教育財団から、特別研究指定校として2年間で150万円の助成を受けており、その助成によってWi-Fiの設備をレンタル導入できたこと。そのほか、ロート製薬をはじめとする周囲からの助力もあり、今回のような取り組みが実現しています。
しかし、これらの条件がそろうのは、2020年度限り。なぜなら、教育委員会が指定する端末では、用途に制限がかかっており、ゲームをダウンロードできないためです。学校の機材を使って同様のイベントを行うには、教育委員会の理解を得る必要があり、「教育的価値を伝えることが次なるミッション」だと、山本先生は語ります。
山本先生は、今回のイベントに向けてカスタマイズしたルーブリック(目標達成度の評価表)を作成し、イベント後に生徒への自己評価アンケートを実施。情報活用力や表現発信力、批判的思考などの能力について、生徒たちがどの深度で得られたかをまとめています。
このような資料を使い、eスポーツを使った取り組みの教育効果について、理解を得るための働きかけをしていきたいと、山本先生は話しました。
こうした背景を聞けば聞くほど、学校でeスポーツ大会を開催するという試みは、生徒だけでなく先生にとっても、大きなチャレンジであったことがわかります。
今回の取材を通じて、2020年10月に行われた「脱獄ごっこ×生野っこeスポーツチャレンジ!」に続き、単発の取り組みで終わらせることなく、各関係者がしっかりと次につなげるために動いていることがうかがえました。こうした活動が実を結べば、eスポーツ大会がごく普通の学校行事として広く開催され、教育に活かされる日がやってくるかもしれません。