ワコム主催のオンラインイベント「ACG SUMMIT 2021」、最終日となる6日に佐渡島庸平氏(コルク代表取締役社長)と井出信孝氏(ワコム代表取締役社長兼CEO)によるトークセッションが開催されました。テーマは「これからのクリエイティブ」について。各々の視点からユニークなビジョンが語られました。
「描く」データをどのように活かす?
ワコムがYouTube公式アカウントにて無料配信したACG SUMMIT 2021では、アニメーション、コミック・イラスト、ゲームに関わるコンテンツを制作するクリエイターや、その業界を目指す学生に向けたセッションが実施されました。最終日、最後のセッションに登壇した2人は初対面にも関わらず、すっかり意気投合した様子。すでに控室で1時間くらい話し込んだ、という状態から生配信がスタートしました。
その冒頭、井出氏は「ワコムは『描く』をサポートする会社です。ペンの描き心地、精度の良さを追求する技術的な側面はもちろん、『人間の軌跡』みたいなものを見える化していくことも大事だと思うんです」と切り出しました。
これに対し、佐渡島氏は「この先の時代も『描く』ためには道具が必要でしょうか」と漠然とした質問を投げかけます。
すると井出氏は「描くための道具のあり方も幅が広がっていくのでは」と回答。このあと、建築家が思い浮かべた建築物をVR空間に描いていく、そんな近未来をワコムは技術でサポートしていきたい、という方向に話が進みました。
編集者の立場から様々な漫画家を見てきた佐渡島氏。クリエイターの多くは、一流の漫画家が描くような『良い線』を描こうと努力するけれど、そこをなかなか乗り越えられない、歴史に名を残す漫画家の線までたどり着けない、と打ち明けます。そして「線だけ見ていても成長できないんだと思うんです。そこで、一流の漫画家が線を描くときの身体の動きをデータ化して、クリエイターたち自身のデータと照合できたら?面白いと思うんですよね」と提案。イラストを描く際の各種データをクリエイティビティの方向に結びつければ、新たな気付きや発見があるのでは、と問いかけます。
井出氏によれば、実はワコムもその方向で模索しているそう。一流の漫画家の描く線は『成果物』として価値があるのは当然ですが、「どうやってその線に行き着いたのか」「どこで消して、どんな迷い線、探り線があったのか」「そのとき、どんな気持ちだったのか」も知りたいと応じ、今後については「道具を提供するワコムとして、これらアーティストのすべての軌跡を、最大のリスペクトをもって見える化できたら」(井出氏)と熱く語ります。
佐渡島氏もこのビジョンに賛同しました。「いま世の中の顧客データは、いかにお客にモノを買わせるか、の類ばかりです。どうやったらクリエイティビティが伸びるか、のデータが集まっている場所がほとんどない。世界中の人のクリエイティビティのデータが溜まり、サジェスチョンできるようになれば、これはすごいこと」と話し、さらには「ワコムのタブレットを使っていると、ソフトが『これは6か月前のあなたの線です』なんて自動でフィードバックを返してくれる、そこまでいくと、クリエイターにとってもためになると思うんです」としてワコムの展開に期待を示しました。
知りたいのは作家の「興奮度」
このほか、作家と編集担当者の関係性をよく知る佐渡島氏ならではの提案もありました。「作家も、編集担当者から直しを言われるほど面白くないことはない、と思うんです。逆に編集担当者も、人間関係を築いてからじゃないと直しを言えない。このため仕事のほとんどが、様々な人との人間関係を築くことになっています。でも、それって本末転倒だと思うんです」。そこで、ワコムのタブレットが将来的に「作家がどのくらい興奮して描いたか」のデータまで取得できるようになれば、編集担当者は「興奮度が90以上のネームを持ってきて」なんて言える、お互いに健全な関係でいられる、と笑いながら提案します。
これに井出氏も笑顔でうなずき、「綺麗に描くとか、テクニックや知識ではなく、結局はどのくらいの本気で、どのくらい命を削って没頭したのか、突き動かされて作品を描いたのか。ぼくらがビジュアライズしたいのもそこです。作家のなかには『これでは食っていけないかも知れないけど、自分はこれが好きで描いているんだ』ということもあるでしょう。それが、どこかのストロークにも現れている。デジタルで見える化したときに、少しでもその気配が見えたら、それが価値になると思うんです」(井出氏)。
佐渡島氏は「いまヒットして世の中に広がっているコンテンツって、マイルドな作品なんですよね。たくさんの人が受け入れられるもの。でもクリエイションって何のためにやるのか。どっちかって言うと、深く魂の部分で交流するためだと思うんです。多くの人には刺さらないものが、良いものである可能性って高い。ワコムのタブレットで情報が取れれば『描いた人が90以上の興奮をした作品だけ』で選ぶこともできる。作者が興奮した作品だけを味わって、それで自分も疲れてグッタリする、そんな体験もできる。作品との出会い方が、相当、変わっていきますよね」。
井出氏は「ぼくらも意識としては、万人受けする道具、手に取りやすい道具、つまり半径5km以内の商品企画ではないところを目指しています。世界中のクリエイターの最大公約数ととっていく、そんなマイルドな商品企画ではなく、この人、この人、この人に向けてとがった商品をつくるんだ、そんな思いで商品企画しています。でも、ぼくらの存在が中心になってもいけない。決して上から目線ではなくて、クリエイターさんに大人しく並走する、一生涯の手描き体験をサポートする、そんな時間軸で貢献していきたいと思っています。それがワコムの『ライフロングインク』という理念です」。
このあと、どうやったらテクノロジーが作家に寄り添えるか、デジタルなら作家がいなくなった後の時代もサポートできるのでは、テクノロジーのサポートがあればクリエイターがより早く時代にフィットしていける、そんな話題が展開されていきました。ほかの一部セッションと同様、今回の特別対談もアーカイブ配信されており、現在でも視聴できる状態です。