東京大学、横浜国立大学(横浜国大)、日本大学(日大)、神奈川大学の4者は3月2日、中国チベット自治区のヤンパーチン(羊八井)高原に設置された、超高エネルギー宇宙線・ガンマ線を観測するための「空気シャワー観測装置」を用いた「チベットASg(エイ・エス・ガンマ)実験」において、100TeVを上回る超高エネルギーガンマ線が超新星残骸「G106.3+2.7」から到来していることを確認し、ガンマ線放射領域が近傍の分子雲の位置とよく合致していることが判明したと発表した。

同成果は、東大宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門の瀧田正人教授、同・佐古崇志特任助教、同・大西宗博助教、横浜国大大学院 工学研究院の片寄祐作准教授、日大 生産工学部 教養・基礎科学系の塩見昌司准教授、神奈川大工学部 物理学教室の日比野欣也教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学学術誌「Nature Astronomy Letters」にオンライン掲載された。

宇宙線とは、超高速で飛来する陽子やアルファ粒子(ヘリウムの原子核)などである。1912年に発見され、それ以来、109~1020eVという、高エネルギーかつ、10桁以上にまたがる幅の広いエネルギー領域にわたって観測されてきた。

陽子やアルファ粒子などを、高いエネルギーにまで加速している仕組みは完全には解明されていない。なぜそれほど高いエネルギーにまで加速できるのかは、超新星爆発後に残された星雲状の天体である超新星残骸が、その加速に関わっていると推測されている。超新星爆発時に吹き飛ばされた恒星の外層が、高速で膨張していくうちに周辺の星間ガスとぶつかることで衝撃波が形成されるが、その衝撃波が宇宙線を加速すると考えられているのである。

また、宇宙線を加速させる天体もあると考えられている。その天体は「ぺバトロン」と呼ばれており、天の川銀河内のどこかにあると考えられている。「考えられている」とは、実は宇宙線がどこからやって来るかがまだ正確にはわかっていないからだ。

宇宙線が飛来してきた方向を遡っていけば、その発生源を確認できると思うかもしれない。ところが、宇宙線はその名称から受けるイメージとは異なり、まっすぐは飛ばないのだ。陽子もアルファ粒子も電荷を持っていることから、銀河磁場によりその進路を曲げられながら飛行している。そのため、地球で宇宙線を観測してもどの天体から発せられたのかを知ることはできないのだ。

その一方で宇宙線がきっかけとなって誕生し、まっすぐに飛ぶものもある。ガンマ線だ。加速された宇宙線が天体のごく近傍の分子雲などのガスと衝突すると、「中性パイ中間子」が生成される。そして中性パイ中間子が崩壊すると、元の宇宙線の1/10程度のエネルギーを持つガンマ線が放出される可能性があるのだ。

ガンマ線は磁場の影響を受けずに直進できるため、地球においてどの方向からやってきたのかを検出できれば、放出した天体の方向と一致することになる。つまり、ペバトロン候補天体を同定するのにガンマ線は重要な手がかりというわけだ。そのガンマ線に関する以下の2点を満たす天体を見つけることができれば、それはぺバトロン候補天体となるという。

  1. その天体が100TeVを超えるガンマ線を放射している
  2. ガンマ線放射領域が分子雲の位置と合っており、超新星爆発後に残された中性子星の一種であるパルサーの位置から離れている(パルサーは高エネルギーの電子を供給し、電子起源のガンマ線を放射し、原子核宇宙線起源のガンマ線と区別がつかなくなってしまうため)

しかし、これまでこの2点が同時に確認されたことはなかったという。

今回の超新星残骸G106.3+2.7に関しては、「VERITASチェレンコフ望遠鏡」がTeV領域で、フェルミ衛星がGeV領域で観測を行ったが、どちらも100TeVのガンマ線に対する感度が十分でなかったために正確な測定ができず、1の条件を満たしているかどうかはわからなかった。

また、「HAWC実験」では40~100TeVのエネルギー領域で「G106.3+2.7」からのガンマ線が観測されたが、100TeVを超えてはいなかったという。さらに、ガンマ線放射領域がパルサーから位置的に離れていることが示されていなかったとした。このように、わずかふたつの条件ではあるが、それらを満たす天体の探索は時間を要している。

そこで注目されたのが、中国チベット自治区の標高4300mのヤンパーチン高原で行われているチベットASg実験だ。同実験は、多数の粒子検出器を配置し、宇宙空間から降り注ぐ超高エネルギー宇宙線・ガンマ線によって生じた粒子を通して、宇宙線やガンマ線の観測を間接的に的に行っているものである。東大宇宙線研究所や中国科学院高能物理研究所など、日本と中国の33の大学や研究機関に所属する95名の研究者が参加する大型の国際共同実験で、1990年から30年以上にわたって実験が続けられている。

宇宙線やガンマ線は厚い大気に阻まれて地表まで届きにくくなるため、チベットASg実験は標高4500mという富士山よりも遥かに高い高地に建設されている。そして、多数の粒子検出器を碁盤の目に配置した「チベット空気シャワーアレイ」という装置が観測に用いられている。

  • ペバトロン

    チベットASg実験の施設。(左)チベット高原・標高4300mに設置されている空気シャワー観測装置。(右)その地下に設置されている注水前の水チェレンコフ型ミューオン検出器 (出所:東大宇宙線研究所Webサイト)

空気シャワーとは、高エネルギーの宇宙線やガンマ線が大気上層の窒素原子核などと衝突することで多数の粒子が生成され、それらがさらに衝突を繰り返してシャワー状に粒子が次々と増えながら降り注ぐ現象のことだ。

  • ペバトロン

    宇宙線が大気中でつくる空気シャワーのイメージ。宇宙線が大気中の窒素原子核などに衝突し、そこから素粒子が生まれ、それがまた窒素原子核などと衝突してさらに素粒子が生まれ、という具合で増えていく (出所:東大宇宙線研究所Webサイト)

つまり空気シャワーを観測するということは、宇宙から飛来した宇宙線やガンマ線を、2次的、3次的(さらにはそれ以上)に観測するということだ。空気シャワーの粒子を多数の検出器で計測し、粒子密度分布や到着時間分布などを用いて分析することで、高エネルギーの宇宙線やガンマ線の持つエネルギーと到来方向を間接的に決定することができる。この観測システムは光学観測ではないために日夜問わないうえに、天候にすら左右されない。つまり、メンテナンス時間などを除けば24時間365日でも観測し続けることが可能なのである。

このチベットASg実験装置では、2014年になって、ガンマ線由来の空気シャワーを感度よく観測できるよう、新たな観測機器が空気シャワー観測装置に追加された。今回の研究で用いられたデータは、その追加作業が完了した直後から2017年までの約2年分の観測で得られたものが使用されている。

このようにアップデートされて性能が向上したのだが、実はそれでも天の川銀河のいずれかの天体からやってくるガンマ線をとらえるのはとても困難だ。100TeVを超えているといっても、強度そのものは弱いからである。宇宙線やガンマ線は宇宙中を飛び交っており、全方位から一様にやって来る。つまり、ノイズが大きく、100TeVを超えるガンマ線であってもそれらと比べたら数百分の1以下しかない。検出する仕組みを工夫しない限り、ノイズの中に埋もれてしまう可能性が高いのである。

そこでノイズを大幅に削減するために着目されたのが、空気シャワーに含まれる「ミューオン」の数だった。ミューオンはミュー粒子とも呼ばれ、素粒子の標準理論においては電子やニュートリノが属するレプトンの仲間として扱われている。レプトンは荷電のあるレプトンと電荷のない(中性の)ニュートリノの2グループに分類され、ミューオンは荷電レプトンの第2世代という位置づけだ(第1世代が電子、第3世代がタウ粒子)。

ミューオンの最大ともいえる特徴が、物質の透過能力の高さだ。地球を7個並べたとしても貫通してしまうといわれるニュートリノほどではないものの、ミューオンも物質を透過する能力がほかの素粒子よりも高い。その特徴を利用し、近年は日本の研究チームがエジプトや中米のピラミッドなどの遺跡を対象に、まさに“遺跡用レントゲン”ともいうべき使い方で成果を上げている。

このミューオン、ひとつだけ難点があるとしたら、実はガンマ線だけでなく、宇宙線によっても生成されてしまうという点だ。つまり識別する必要があるということである。そのためのポイントは、ガンマ線起源の空気シャワー中のミューオン数が、宇宙線起源のそれと比べて50分の1程度しかないこと。要は、ミューオン数を計測することでガンマ線起源のミューオンと、宇宙線起源のミューオンを選別することが可能となるのだ。

そこで、純度の高いミューオン数を測定するため、空気シャワー中のミューオン以外のほとんどの粒子が遮断されて届かない地下2.4mに「水チェレンコフ型ミューオン検出器」が新たに建造された。もちろんニュートリノも実際には届くが、逆に透過力が桁違いに高いことなどもあり、大きな問題とはならないようである。

同検出器は、世界最大級の3400平方メートルという面積を有し、水深1.5mのプール中に光電子倍増間を取り付けた構造になっている(ニュートリノ観測で知られるスーパーカミオカンデをタンクではなくプールにしたようなもの)。これにより、ミューオンが水中で発するチェレンコフ光を観測し、空気シャワー中のミューオン数を計測するのである。

今回の研究で使用されたデータは、この地下ミューオン検出器を2014年から約2年間用いて取得されたものだ。最終的に、100TeV以上のエネルギー領域において、宇宙線によるノイズを1/1000以下にまで減らすことに成功したという。その結果、超新星残骸G106.3+2.7から放射されるガンマ線のスペクトルが、100TeV以上にまで伸びていることが確認されたのである。これは、これまでに超新星残骸から観測された中では最高エネルギーのガンマ線だという。

また、ガンマ線が飛来した方向をたどっていくと、分子雲の位置とよく合っており、同分子雲の北東に位置するパルサーからは離れていることも確認された。

  • ペバトロン

    チベット空気シャワー観測装置で観測した超新星残骸G106.3+2.7方向の10TeV以上のガンマ線イメージ。左下パネルのPSFは、装置の角度分解能による広がりが示されている。黒の等高線は超新星残骸の外殻、水色の等高線は分子雲の分布、灰色のダイアモンドはパルサーの位置を示したもの。赤の星印(統計誤差を示す円つき)、黒の×印、マゼンタの十字および青の三角は、チベット空気シャワー観測装置、Fermi衛星、VERITASチェレンコフ望遠鏡およびHAWC実験で観測されたガンマ線放射領域の中心 (出所:東大宇宙線研究所Webサイト)

これらのことから、超新星爆発後に形成される衝撃波で陽子がまずPeV領域まで加速され、近傍の分子雲のガスと衝突して中性パイ中間子を生成。そして同中間子が崩壊して100TeV領域のガンマ線が放射される、という過程が起こっていると考えられるとした。つまり、G106.3+2.7はぺバトロンの候補天体であるといえるとしている。

  • ペバトロン

    ペバトロンの候補となった超新星残骸G106.3+2.7の想像図。黄色い点は、宇宙線が分子雲のガスと衝突し、ガンマ線が放射されている様子を表したもの。(c) 東京大学宇宙線研究所/若林菜穂氏 (出所:東大宇宙線研究所Webサイト)

今回活躍したチベットASg実験は北半球にあるため、当然ながら南半球からしか見えない領域からやってきたガンマ線をとらえることは不可能だ。南半球からでないと見えない重要な領域としては、天の川銀河の中心部がある。そこで現在、チベットASg実験と類似の観測装置を建設する「ALPACA」実験が南米のボリビアにて計画中だ。

今後、ALPACA実験もスタートすれば、チベットASg実験と合わせてより広い領域をカバーできるようになり、観測データも増えていく。こうして今回の新エネルギー領域における研究が進めば、銀河系内の宇宙線のエネルギー限界や発生原理、および発生源を明らかにすることが可能となるだろうとする。1912年の宇宙線発見以来、100年以上謎となっている宇宙線の起源が解明されることが期待されるとしている。