北海道教育大学(北教大)、東北大学、日本ブリーフセラピー協会の3者は2月19日、妊婦・不妊治療患者を対象とした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する不安に関するアンケート調査を実施し、新型コロナウイルス恐怖尺度(Fear of COVID-19 Scale)を使用して妊婦・不妊治療患者305名の感染不安を測定した結果、総じて不安が高いものの、特に妊婦においてその傾向が顕著であることが判明したと発表した。

同成果は、北教大釧路校の浅井継悟准教授、東北大大学院 教育学研究科の若島孔文教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Journal of Affective Disorders Reports」に掲載された。

COVID-19の影響により、多くの人がライフスタイルの変更を変えざるを得なくなっている。COVID-19の恐ろしいところは、感染に対する心理的な不安が強いところだ。特に、妊婦にとっては、自分だけでなくお腹の赤ちゃんを守る必要があるため、ほかの人とは異なる懸念を持っていることも多い。

現時点では、妊婦がCOVID-19に感染することで、実際に流産や死産のリスクを高めるのか、また赤ちゃんへの垂直感染があるのかなどは明らかになっていない。しかし、世界中の国々で、妊婦が感染を恐れて医療施設を訪れることを控えていることが報告されている。また中国の妊婦を対象とした研究では、パンデミック状況下における妊婦が自覚しているストレス、抑うつ、不安は、通常時の妊婦よりも高いことが示されたという。

また日本においては、企業が妊婦に出勤を強要したり、大都市に住む妊婦には地元での出産を控えることが求められたりするなど、パンデミックの影響で妊婦を取り巻く社会環境が厳しい方向に大きく変化している。

そして、不妊治療を受けている人については、治療の遅れが懸念されている。海外の調査では、第1波のパンデミックが進行中であった2020年4月にストレス要因の調査が行われた結果、不妊がトップのストレス要因になっていたという。通常時でも不妊治療というストレスのかかる状況であるにも関わらず、パンデミックが発生して以降は、治療の遅れなどの追加的なストレス要因に直面していることが考えられるとしている。

また日本においては、不妊治療を行っている医療機関の約9割が患者数の減少を報告している状況だ。そのため、不妊治療患者は、感染するリスクを減らすために治療を先延ばしにすることや、先延ばしによる妊娠の機会損失というジレンマに直面しているという。

こうした社会的背景があるにもかかわらず、妊婦・不妊治療患者の不安に関する研究は、これまで行われてこなかった。そこで共同研究チームは今回、日本の妊婦・不妊治療患者のCOVID-19に対する不安を明らかにすることを目的として、今回の調査と分析を行うことにしたとする。

調査はオンラインサービスを用いて行われ、2020年5月19日から6月6日の間に、任意で回答が求められた。得られた回答のうち、有効回答の妊婦292人(23~42歳、平均年齢31.18歳)と不妊治療患者13人(33~43歳、平均年齢37.69歳)の回答について分析が行われた。今回用いられたのは、共同研究チームが翻訳した新型コロナウイルス恐怖尺度だ。同尺度を用いて、妊婦・不妊治療患者のCOVID-19に対する恐怖心の測定が実施された。

また、COVID-19に対処するためにどのような行動を取っているか、参加者の人口統計学的特徴(年齢、喫煙、家族との同居)と危険因子(現在の健康状態、治療中の疾患、就労状況、前月の家族のコミュニケーション、前月の家族の葛藤、最も重要な情報源、居住地域(都道府県)での感染者の有無、感染者の知人の有無)に関する質問も行われた。そのほか、買いだめ行動や健康モニタリング(健康管理など)を測定する項目についての調査も実施された。

分析について、日本人の妊婦とイランにおける妊婦の不安に関するデータとの比較のために、t検定が実施された。その結果、日本の妊婦の不安のスコアは、イランの妊婦よりも有意に高いことが示されたという(t(577.49)=15.50,p<.001)。

これらに加え、各変数と不安との関係を明らかにするため、重回帰分析が行われた。その結果、以下の3点が新たな知見として明らかとなったとした。

  1. 買いだめなどの備蓄行動が妊婦のCOVID-19への不安を高める
  2. 体調チェックといった日々の自身について健康をモニタリングする行動も妊婦のCOVID-19への不安と関連する
  3. インターネットやSNSからの情報を重視している妊婦は、新聞やテレビ番組など、従来型のメディアからの情報を重視している妊婦に比べて、COVID-19に対する不安が低い

1の買いだめ行動に関しては、アイルランドの妊婦を対象とした調査でも、多くの妊婦が買いだめをしていることが報告されているため、買いだめは文化を超えて起こる行動であることが考えられるという。

2の健康モニタリングは、一般市民・妊婦問わず健康を守る上で重要な対処戦略だが、今回の調査では、妊婦の健康モニタリングとCOVID-19への不安との関連が示唆される結果となった。したがって、妊婦に対して自己予防策の情報提供を行う際には、感染予防策の情報提供だけでなく、妊婦の心のケアについても情報提供を行う必要があるとしている。

3の情報源に関しては、新聞やテレビの情報を最も重要な情報源と考えることは、新型コロナウイルス恐怖尺度と有意かつ負の関係があったとした。SNSやインターネットを使えば、自分が必要な情報にアクセスできることから、ソーシャルメディアを利用した妊産婦ヘルスケア情報の発信は、妊婦の不安の現象に寄与する可能性があると考えられるという。

一方で、新聞やテレビは幅広い読者・視聴者を対象としているため、妊婦には関係のない情報も含まれている。そのため、新聞やテレビなどの伝統的なメディアは、妊婦の不安を高めていると考えられるとした。

今回の調査から、日本の妊婦は他国の妊婦と比べて不安感が高いことが明らかとなった。妊婦の不安は、重視している情報、買いだめ行動、健康モニタリングとそれぞれ関連していることが明らかとなった形だ。

  • 新型コロナ

    今回の研究で示された妊婦の感染不安の構造。数値は重回帰分析におけるβ値を示す。*p<.05,**p<.01になる (出所:共同プレスリリースPDF)