東京都医学総合研究所(都医学研)、東京都福祉保健局、滋賀医科大学の3者は1月7日、「ワクシニアウイルスベクター」を用いた新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)向けワクチン「SARS-CoV-2遺伝子組換えDIs株ワクチン(rDIs-Sワクチン)」を作出したと共同で発表した。また、カニクイザルに接種して発症予防効果の評価を行い、肺内の新型コロナウイルス増殖が抑制され、肺炎の発症もほとんど見られなかったこと、ワクチンによる重篤な副反応も認められなかったことも発表された。

同成果は、医学研の小原道法特任研究員と、国立感染症研究所の石井孝司品質保証・管理部長らの共同研究チームによるもので、滋賀医科大の伊藤靖教授らの研究チームが動物実験を担当した。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は、快復者の約30%がウイルス排除後においても免疫誘導が不十分であるため、再感染リスクが懸念されている。

ワクチン接種はすでに海外では始まっているが、現状で世界の多くの人が新型コロナウイルスに対する免疫を有していないこと、一度罹患した患者においても短期間のうちに免疫が低下してしまうこと、今後も世界中で蔓延し続け得ることを考えると、強力に免疫を誘導し、かつ長期間免疫を維持できる、新型コロナウイルス感染症予防用ワクチンの開発が必須と考えられている。

しかも、継続的に蔓延することにより、新型コロナウイルスに遺伝子変異が起こり得るため、変異に伴う抗原性変化にも対応し得る幅広い交差反応性を持つワクチンが求めらてもいる。

そうした背景のもと、今回共同研究チームが開発した新型コロナウイルス感染症に対する予防ワクチン「rDIs-Sワクチン」は、天然痘ワクチンであるワクシニアウイルスをさらに弱毒化したDIs株に、新型コロナウイルス遺伝子を導入した組換え生ワクチンだ。

  • 新型コロナワクチン

    今回のrDIs-Sワクチンの特徴などの模式図 (出所:3者共同プレスリリースPDF)

ウイルスベクターとは、ウイルスの病原性に関する遺伝子を取り除いて、外来の目的遺伝子を組み込んだ運び屋ウイルスのことをいう。DIs株はこれまでにヒトに接種された実績があり、安全性が担保されていることが今回選ばれた理由だ。そしてDIs株に導入されたのが、ヒトの細胞に侵入する際に重要な役割を果たす、新型コロナウイルスの表面に存在する「Spike」タンパク質を作る遺伝子だ。

これにより、rDIs-Sワクチンを接種すると短期間で新型コロナウイルスがヒト細胞の受容体に結合できないように、受容体の代わりにウイルスに結合する「中和抗体」が誘導される。また細胞性免疫も活性化。食細胞や細胞傷害性T細胞、NK細胞など、体内の異物排除を担う免疫細胞が、異物とウイルスに感染した細胞を攻撃するようになる。

またrDIs-Sワクチンは付与された免疫が長期にわたって持続することも特徴のひとつ。それに加え、抗原変異にも対応可能な幅広い交差反応性を持つ免疫の誘導が期待できるという。さらに、温度安定性が高く保存および輸送時の温度が冷蔵あるいは室温でも問題ないという利点もある。まさに、現在接種が始まったワクチンの課題を解決できる効能といえるだろう。

動物試験に関しては、2段階で実施された。まず感染防御試験として、ヒトACE2発現トランスジェニックマウスに対してrDIs-Sワクチンの接種を行い、その有効性と安全性の評価が実施された。比較対象として、非組換えDIs株の接種が3週間隔で2回行われ、その1週間後に新型コロナウイルスによる攻撃感染実験が実施された。非組み換えDIs株接種マウスでは、急激な体重変化ののちに死亡したが、rDIs-S接種個体ではほとんど体重減少が認められず、100%の生存率を示したという。

さらに動物試験の第2段として、カニクイザルを用いたワクチンの有効性と安全性の評価も実施。発症予防効果の評価のため、rDIs-Sワクチンを接種したカニクイザルに対して新型コロナウイルスが感染させられた。すると、ワクチン接種群では肺内の新型コロナウイルスの増殖が5万分の1以下まで減少して抑制され、肺炎の発症もほとんど見られなかったとした。また、ワクチンによる重篤な副反応も認められなかったという。

  • 新型コロナワクチン

    ヒトに近い霊長類の実験では、カニクイザル(左)が実験動物として用いられた。rDIs-Sワクチンを接種しなかった対照群では肺炎となったが(中央)、接種した群では炎症反応はなく、空気の通り道が確保されていた(右) (出所:3者共同プレスリリースPDF)

これらの実験から、DIs株ベクターを用いた新型コロナウイルスワクチンは、中和抗体および細胞性免疫を誘導する強い効果を持つ安全な予防ワクチンとなり得ることが示された形だ。今後は、さらに早期のヒトでの臨床試験の開始に向けて、AMEDの支援を受け、ノーベルファーマとともに早期の実用化を目指したワクチン開発を進めていくとしている。