東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は11月11日、「スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果」の影響を解析することで、宇宙大規模構造の進化に伴うガスの温度変化を調べたところ、同模構造中のガスの平均温度は過去80億年の間に3倍程度上昇し、現在では約200万Kに達していることを明らかにしたと発表した。

同成果は、Kavli IPMUの真喜屋龍 特任研究員(現・Kavli IPMU客員准科学研究員/台湾中央研究院天文及天文物理研究所博士研究員)、マックス・プランク宇宙物理学研究所の小松英一郎 所長(Kavli IPMU主任研究者兼任)、ブルース・メナードKavli IPMU客員科学研究員(ジョンズ・ホプキンズ大学准教授兼任)、米・オハイオ州立大学のYi-Kuan Chiang研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

誕生直後の宇宙には、量子力学的なゆらぎとインフレーションによって生じた小さな密度のゆらぎが存在していたと考えられている。この密度のゆらぎは、現在では「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)にわずかに生じているゆらぎ(温度のゆらぎ)に対応していると考えられている。現在の標準的な理論では、この宇宙初期の小さな密度ゆらぎが種となり、周囲のダークマターやガスを引き寄せて銀河や銀河団が生まれ、網の目状に広がる宇宙大規模構造を形成してきたとされる。

現在では観測も進み、2019年にノーベル物理学賞を受賞したジェームズ・ピーブルス博士らの説は有力なものとされているが、一方で宇宙大規模構造の形成にはまだ多くの謎も残されている。そこで国際共同研究チームは今回、宇宙の大規模構造の進化に伴って大規模構造中のガスの温度の平均値がどのように変化してきたのかを分析を行った。

分析には、CMBの高精度測定を目的として欧州宇宙機関が打ち上げた宇宙望遠鏡「プランク」と、米・ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡を使った3次元宇宙地図作成プロジェクト「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ」で得られた合計200万点に及ぶ天体の分光観測データが用いられた。そして、これらふたつの観測プロジェクトのデータを組み合わせ、スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果を用いた解析が行われた。

スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果とは、物理学者のラシード・スニヤエフとヤーコフ・ゼルドヴィッチによって理論的に初めて提唱された効果のことだ。この効果は、CMBの光子が宇宙大規模構造を通過する際、同構造内にガス状に存在する高温の電子によって散乱されることで生じる。この散乱により、CMBの光子は高温の電子からエネルギーを受け取り、その結果として宇宙大規模構造を通過しないほかの光子に比べて高いエネルギーを持つようになるのである。

この光子のエネルギー変化を分析することで、大規模構造中の高温電子ガスを可視化することが可能だ。スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果の強さは高温電子ガスの熱的圧力に比例する。そのため、それを分析することで大規模構造中の高温電子ガスの温度を測定することができるのである。

解析の結果、約80億年前(赤方偏移z=1)のガス中の電子の平均温度は約70万Kだったが、今日では3倍近い約200万Kにまで上昇していることが確認された。さらに、理論的なモデルと比較した結果、このガスの温度の進化は、宇宙大規模構造の形成に伴う衝撃波による加熱でほぼ説明されることが示されたという。

今回の研究により、スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果が宇宙大規模構造の形成に伴うガス温度の進化を調べる手法として使えることを、観測データの解析から具体的に示すことができたとする。そして、この手法が今後の宇宙大規模構造形成のより詳細な理解を深める助けとなり、精密宇宙論の理論的理解の貢献にも繋がる道筋を拓いたとした。

  • Kavli IPMU

    宇宙の温度(上)と大規模構造(下)の時間進化を計算したコンピューターシミュレーション。時間は左から右へ流れ、一番右の図が現在の宇宙に対応。(c) D. Nelson / Illustris Collaboration (出所:Kavli IPMU Webサイト)

  • Kavli IPMU

    測定された宇宙の温度の進化を表す図。横軸は、右端が現在で、左にいくほど現在から遡ってどのくらい過去の宇宙であるかが示されている。データ点は測定値が示されており、赤色で覆われた領域は物理モデルが示す範囲。青色の四角で囲われた領域は、ガスを加熱する宇宙大規模構造の重力エネルギーの推定値が示されている。この値は、現在測定されている宇宙の温度を説明できるという。(c) Chiang et al./参考:Chiang, Makiya, Ménard and Komatsu, Astrophysical Journal, 902, 56(2020) (出所:Kavli IPMU Webサイト)