アドビがクリエイター向けに開催している年次イベント「Adobe MAX 2020」(2020年10月20日~22日開催)。今年は初のオンライン開催となりましたが、同社の看板製品のひとつである「Adobe Illustrator」のiPad版がリリースされたほか、iPadで人気のお絵かきアプリ「Adobe Fresco」がiPhone向けにも登場。また「Adobe Photoshop」のデスクトップ版には、複雑な画像加工をAIを用いて簡単に行える「ニューラルフィルター」も追加されるなど、数多くの新機能が発表されました。
グローバル、そして国内向けのキーノートにも登壇したCPO(最高製品責任者)のスコット・ベルスキー氏に、発表された新製品やパンデミックがクリエイターに与えた影響、各種アプリのモバイル移行の今後、ディープフェイクへの取り組みについて聞きました。
──2019年にPhotoshop iPad版がリリースされ、直近の2020年にはIllustrator iPad版がリリースされました。2019年のリリースに対するユーザーからの反応を教えてください。
PhotoshopをiPadに対応させたときに、お客様からの反応は2つに分かれました。Photoshopのデスクトップ版は難しいので、iPadでインターフェースがシンプルに刷新されてうれしいと喜んでくれた方がいた一方で、やはり長い間デスクトップ版を使っているお客様からは、iPad版にはこれが足りない、あれが足りないという声もありました。そういった声にしっかり耳を傾けて、要望として大きいものに優先度をつけて取り組んできた結果、今はApp Storeでも高い評価をいただいています。
新しいプラットフォームの製品を、100%ポジティブな反応が返ってくるようなものにしていくには、やはり時間がかかると思うんです。デスクトップ版もここまで30年かかっているわけですから、長い道のりにはなると思います。
今回リリースしたIllustrator iPad版も、デスクトップ版の非常にアクティブなお客様、ユーザーの皆さんと密に連携して開発しました。お客様が何をしたいのかを理解して、iPad版でまずどんなものが必要かを考えました。
──今回、スケッチアプリの「Adobe Fresco」にiPhone版が登場しましたが、iPadだけでなくiPhone版も作ろうと考えた理由は何だったのでしょうか。
動画のディレクターもフォトグラファーも、あらゆる分野のクリエイティビティのスタート地点は手描きのスケッチです。見たものや自分の心に浮かんだものを、スケッチの形に落とし込んで表現することから始まると思います。ですので、スケッチは生産性や想像力を高めるための、本当に基本的なニーズだと思うんですね。
Frescoは世界中で非常にパワフルなアプリケーションとして受け入れられています。そのFrescoが手元のスマートフォンで使えれば、自分の生活の中でいつでもスケッチができます。Frescoで作成したスケッチはPhotoshopでもそのまま使えますから、デスクトップ版に引き継いで、そこから編集をしていくこともできる。そういった意味でも今回のiPhoneへの対応は、多くのお客様に喜んでいただけると思います。
──Illustrator iPad版のリリースで主要ソフトウェアのモバイル移行が完了すると思いますが、今後どういう分野を拡充していきたいですか?
クリエイティビティというものは、デスクトップに縛られるべきではないと思っています。そのためのツールは、どこにいても使えるようにすべきですし、もっとコラボレーティブで、かつアクセス可能なものでなくてはならないと思っています。
プラットフォームもiPadだけでなく、例えば「Microsoft Surface」やWebなど、他へも広げていきたい。ただ、あくまでお客様のニーズがあっての優先順位づけだと思いますので、アクティブに使われているプラットフォームに関しては、各製品について対応していこうと考えています。
次なる分野としては動画ですね。動画をどんな風にマルチプラットフォームへ対応できるのか、戦略としてデスクトップからどこまで広げていくのか。Creative Cloud上のあらゆるものを、デスクトップ以外へどう広げていくかという道のりに、今あると思っています。
──パンデミックの影響について教えてください。Creative Cloudの使われ方に何か変化はあったでしょうか?
大きな課題を前に、これまでと違うことをやっていく。これまでのことを改善していくチャンスでもあると思うんです。
実際にこの8ヶ月の間で、皆さんの仕事のやり方は大きく変わったと思います。コラボレーションをデジタル上でやらなければいけなくなって、多くの人が新しいテクノロジーを前倒しで使い始めています。
クリエイティブの世界でも、コラボレーションの重要性は増しています。このトレンドはもうだいぶ前からあるものですが、これまでは完成したらそれを送って他の人と共有するという風だったクリエイティビティが、マルチプレイヤーの体系に変化しつつあります。つまり、クリエーションを始める前から、チームと連携をするようになっています。
Creative Cloudでも今、多くのデザイナーの方が「Creative Cloudライブラリ」のメリットについてだんだんと理解を深め、活用されるようになってきています。Creative Cloudライブラリではいろいろなアセット、ブラシやフォント、共有ライブラリをチームで活用できるようになっているのですが、これがパンデミック下で急に使われるようになりました。
このほかの変化として、動画のようなセグメントの人気が以前よりも増しています。動画をビジネスや個人で活用したいというニーズが増えてきているのだと思います。家族写真などを静止画だけではなく、動画でも残したい。あるいは講習の様子を撮影して、ライブストリーミングで配信したいといったニーズも増えていると思います。
──Creative Cloudユーザーが参加するSNS「Behance」にも何か変化はあったでしょうか?
毎週のアクティブユーザー数が、これまでの記録を上回っています。パンデミック以降、常に数字が伸びていて、目覚ましい成長です。例年夏はヨーロッパの方が長期休暇を取るのでトラフィックが下がるんですが、今年は引き続き高い成長率を示しています。
成長の背景にはBehanceチームが取り組んできた、AIを用いた検索エクスペリエンスの改善もあると思います。またBehanceではAdobeのプロダクトを使用した制作プロセスをライブストリーミングで配信できるので、これもトラフィックを押し上げる理由になっていると思います。
──今、プロではないアマチュアのクリエイターも増えていると思いますが、そうしたユーザーにはどう向き合っていますか?
実際にたくさんの新しいお客様に、Creative Cloudをご利用いただいています。それはクリエイティビティに対する需要が高まっているからだと思います。
どんな企業でも、どんな業界でも、クリエイティブ部門じゃない人や、プロじゃない人にも、クリエイティビティが求められるようになってきています。そうしたお客様に向き合うための方法として、まず製品の数そのものが増えています。
例えばWebデザインアプリ「Adobe Spark」やフォトアプリ「Adobe Photoshop Express」は、プロではない一般の人向けの製品です。動画アプリ「Adobe Premiere Rush」も、プロのような成果を、そこまで複雑なプロセスを踏まずに出したい人に向けたものです。こういった製品が順調だということは、そこに需要があるということ。ですので、この分野には今後も積極的に投資をしていきたいと思います。
それからトレーニングとオンボーディング(新規加入者への支援)を強化することも大切だと思っています。そして何より、洗練されたインターフェースを製品に設けること。実際に製品体験をシンプルにするために、日々様々な改善をしています。Photoshopのような製品を使ってコンテンツが完成した、成功したという体験を、多くの人が短時間で味わえるようにしたいと思っています。
──「Adobe Stock」の素材約7万点を無料公開したのも、そうしたアマチュアクリエイターの制作に対するハードルを低くするためですか?
プロではない人がクリエイティブなプロセスを始めるときは、真っ白なページからではなく、何らかのコンテンツをベースに、例えば画像とかベクター素材を使いたいものです。そのために何らかのライブラリがストックとして存在して、それが無料であるということが、とても重要だと思っています。
アドビのお客様になっていただく前に、無料で遊んでいただくということが重要だと思っています。また、無料提供はコンテンツの発見をきっかけにして、コレクション全体のバリューを知って欲しいという戦略的なアプローチでもあります。
──「Adobe MAX 2020」では、オンライン上でのコンテンツ捏造に対抗するためのプログラム「Content Authenticity Initiative(コンテンツ認証イニシアチブ)」の進展についても報告がありました。この分野で御社が果たすべき役割について教えてください。
世界中でディープフェイク問題に対処していく責任を感じています。数多くのプロジェクトでアルゴリズムを開発し、改ざんを検知できるようにするだけでなく、消費者が自分で判断できるようにするためのテクノロジーも考えなければいけません。その第一歩としてコンテンツを作成、編集した人が自分の属性、つまり名前やIDなどを自身のコンテンツに付加できるようにしたいと思っています。
ソーシャルメディアなどでそのコンテンツを見つけた人が、コンテンツがどう作成、編集されたかという情報を元に、自ら信用するかどうかを判断できるようにしたい。例えばTwitterでは、アカウントが公式ものかどうか認証バッジで確認できますが、ああいうコンセプトをメディアの世界にも持ち込みたいと思っています。
──最後に、「XR(VR、AR、MRなどの総称)」をはじめ、まだ評価が定まらない分野への、今後の投資に対する考えも聞かせてください。
そうですね、実際にインキュベーションの領域で投資は増えています。3D、イマーシブの領域に取り組んでいます。
3Dテクスチャソフト「Adobe Substance」や3Dソフト「Adobe Dimension」で、将来の3D媒体をサポートしていきます。クリエイティブの手段が、グラフィックからWeb、モバイル、そして3Dへと移行していくことを確信していますので、その新しいエキサイティングな媒体でも、お客様が成功できるようにしなければならないと考えています。