東京大学(東大)と広島大学(広大)は10月16日、宇宙空間での植物栽培の可能性について、生鮮物試料として発芽野菜を選択し、地球上での実験が可能な擬似微小重力の、発芽野菜の鮮度に対する影響を調査し、その結果として主要な鮮度低下現象である質量減少が、擬似微小重力環境では、通常の重力環境に比べて有意に抑制されることを発見したと発表した。

同成果は、東大大学院農学生命科学研究科の牧野義雄准教授、広大大学院医系科学研究科の弓削類教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

これまで、微小重力および宇宙放射線といった宇宙空間特有の環境が生物に及ぼす影響を調べる研究は、スペースシャトルや国際宇宙ステーション(ISS)にて行われてきた。動物に対する研究としては、筋骨の退化、赤血球の減少などの悪影響が多く観察されている。

また野菜(植物)に対しては、収穫後においても生き続け、栽培中に蓄積した栄養成分を消耗しつつ呼吸し、それが原因でしおれ、変色、質量減少といった鮮度定価減少が観察されている(地球上での知見)。そのため、呼吸の抑制が有効な鮮度保持法となり、冷蔵、エチレン除去・無効化、環境気体組成制御(低酸素、高二酸化炭素水準)などの手法が実用化されている。

このことは、呼吸という重要な生命活動の抑制が、収穫後における野菜の鮮度保持に有効であることから、逆に生命活動に負の影響を及ぼす宇宙環境は、鮮度保持に有効である可能性が高いと考えられるという。そこで共同研究チームは今回、地球上で作り出すことが可能な擬似微小重力環境が、収穫後野菜の鮮度低下に及ぼす影響について調査することにしたとしたのである。

今回の研究では、収穫後の野菜を擬似微小重力環境(μG)で保存し、通常の重力環境(1G)で置いた試料と鮮度の比較が行われた。擬似微小重力とは、物体を360°の方向にゆっくり回転させると、その物体にかかる重力加速度の平均値が地球上の約1000分の1Gに近似される。また「擬似」とあるのは、宇宙空間での微小重力とは異なることからつけられている。

そして試料としては、発芽野菜(発芽して間もない野菜のこと)である「緑豆もやし」、「カイワレ大根」、果菜類(果実または種実を食用にする野菜)として「枝豆」が用意された。

そして擬似微小重力環境は、スペース・バイオ・ラボラトリーズ製の重力制御装置「Gravite」にて作出された。同装置は、直行二軸の周囲に試料を360°回転させ、重力ベクトルを時間軸で積分することによりISSと同じ1000分の1Gの擬似微小重力環境を作り出せる装置だ。また逆に2G、3Gという高重力環境も作り出せる。

野菜は重力制御装置にセットされ、経時的に質量の測定が行われると共に、通常重力で保存した試料との比較が行われた。重力が質量保持率に及ぼす影響が調べられ、その結果、発芽野菜の場合、擬似微小重力環境では通常重力に比べて有意に質量保持率が高かったことから、擬似微小重力環境は、発芽野菜の鮮度保持に有効であることが確認された。一方、枝豆の場合、質量保持率に対する重力の影響は観察されなかったという。

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    「Gravite」を利用した擬似微小重力環境の発芽野菜に対する鮮度保持効果 (出所:東大・広大共同プレスリリースPDF)

野菜の質量減少は主として、根から葉の方向に向かって保有する水を移動させて放出する蒸散作用に起因する。発芽野菜は根と葉を備えた品目であることから、通常重力環境であれば、水を移動させる方向を感知して円滑に蒸散作用が営まれるため、著しい質量減少が起きてしまうという。一方、擬似微小重力環境では、水を移動させる方向を感知できなくなるため円滑な蒸散が妨げられ、その結果として質量減少が抑制されたと考えられるとした。

しかし、果菜類である枝豆の場合、根と葉を備えておらず、重力感知とは関係のない自然な形での水の放出による質量減少であるため、重力の影響は認められなかったという。このような結果から、擬似微小重力環境は、発芽野菜の鮮度保持に有効であることが実験データに基づき証明された。

宇宙開発において、植物栽培研究が長年行われているが、その収穫物である生鮮物は宇宙空間における貴重な食料源であることは説明するまでもない。そのため、できる限り鮮度を長持ちさせることは、食糧資源確保のために重要な意義があるという。今回の研究成果は、宇宙空間における食糧資源の有効な保存法として、宇宙開発研究支援のための貢献が可能だという。

さらに、新規な鮮度保持法の発見という社会的意義もあるとする。野菜の鮮度保持法は、これまで冷蔵、エチレン除去・無効化、環境期待組成制御が実用化されているが、重力を低下させる鮮度保持法に関する研究霊は過去に報告がないことから、今回の研究成果の新規性が裏付けられるとした。

共同研究チームは今後、宇宙空間での植物栽培に関する研究者との連携や、重力制御に着目した新たな様式の鮮度保持装置の開発に向けて、活動を続けたいとしている。

  • Gravite

    擬似微小重力環境における発芽野菜の質量保持の仕組み (出所:東大・広大共同プレスリリースPDF)