これからの新しいブランド体験
「これからは『モーダレス』なブランド体験が重要となってくる」―― そう語ったのはサイバーエージェント クリエイティブディレクター 中橋敦氏と、MESON 代表取締役 CEO 梶谷健人氏。
両社は、これまでのブランド体験では店舗とオンラインでの体験の間に大きな隔たりがあったと指摘する。
梶谷氏は「多くの消費者はブランドからの一方的な発信を受け取っているだけのモーダル(modal)的体験をしており、自らアクションを起こせていない。これからはAR技術を駆使して、店舗やECなど異なるチャネルごとのブランド体験が地続きとなり、ファンが主導権を持って自由な順序で行き来できる『モーダレス(modal-less)なブランド体験』を実現していきたい」と話した。
また同プロジェクトは、「モーダレスなブランド体験」のほかにも「深い体験の拡張」を重要なテーマにしている。これまでは、ブランドが消費者に対して忘れられないような深い体験を提供する際、対象の人数を絞らなければならない課題があったが、時間的・物理的制限がなくなったAR技術により、対象人数の拡張が実現できるとしている。
マーケティングへの活用‐ARグラスで得る詳細なデータ
ARグラスを活用したオンラインショッピングは、消費者にとってのメリットだけでなく、ブランドを展開する企業にとってのメリットもいくつか考えられる。例えば、ARグラスから得られるデータを活用したマーケティングだ。
「ARグラスのメリットは、消費者の視点を追えるところ。どの商品のどこの部分をどれくらいの時間見たのか、といった詳細なデータが取得できる。その視点データを活用し、ECサイトと連携させレコメンド機能を強化するなど、ブランドにとって一歩先のマーケティングが可能になる」(梶原氏)
さらに両社によると、昨今の新型コロナウイルスの影響により同プロジェクトの取り組みが加速され、コロナ禍以前に比べブランドからの相談や協業の話が増えたという。
中橋氏は「とくに単価の高い商品を扱うハイブランドからの需要が高い。ハイブランドの店舗では、実際の商品を見てから購入するケースが多く、店舗での質の高いおもてなしを重視していた。ARなどのテクノロジーを活用し、コロナの影響でできなくなったことを補完する動きがみられる」と説明した。
「さまざまなブランドと取り組みを進めていく中で、店舗では提供できないようなARならではの深い体験を見い出せてきた。補完としてのデジタル活用ではなく、未来のスタンダードを構築するためのデジタル活用と認識し、いい事例をブランドとともに作っていきたい」(中橋氏)
技術的な課題
一方でARショッピングについて、改善すべき技術的な課題もいくつかあるという。
ひとつはARグラス自体のアップデート。現在使用しているARグラス「NrealLight」は、比較的安価で、かなり軽量といったメリットがある反面、対応視野角が約52度と少し狭く、操作する際に、専用コントローラーやスマートフォンが必須であるといったデメリットも存在する。
この課題に対し梶原氏は「ARグラスといったハードウェアそのもののアップデートを待つしかないが、自分たちはソフトウェア企業として、プロジェクトを進めいてく中でそのとき一番ベストな製品を導入し活用していく」と見解を示した。
また、ARコンテンツと体験の向上についても同じだ。CHPの3Dスキャニング技術とMESONのAR技術により、高画質・高次元の3Dモデルが実現されているが、梶原氏はさらなるリアルに近い体験を目指している。
「服の揺れ間を再現するためにモーション機能を加えることや、コントローラーが不要なARグラスに変更して、手で直感的に操作できるような体験なども検討している。物理世界との地続きな体験でユーザー体験の質を向上させていきたい」(梶原氏)
「ブランド体験と一口に言っても切り口は無限大にある」と語った彼らのプロジェクトはまだ始まったばかりだ。ファッション・Eコマース関係者、新たな顧客接点となるマーケティングを模索している企業は、カムロ坂スタジオまで一度足を運び、「ARショッピング」を体験してみてはどうだろうか。