名古屋大学は9月1日、ソフトボールにおいて、投げるボールの物理的な速さが同じであっても、投手の投球動作の速さにより、打者の球速予測、球速判断、インパクトタイミングが変化する現象を実験的に解明し、打者は投球動作が遅い(速い)ほど、遅い(速い)球速を予測し、予測に影響されて球速が実際よりも遅い(速い)と錯覚することで、タイミングが合わなくなる傾向を実験的に解明したと発表した。

同成果は同大大学院教育発達科学研究科の髙御堂良太 博士後期課程学生、同大 総合保健体育科学センターの横山慶子 准教授、山本裕二 教授らによるもの。詳細は米国の科学雑誌「Research Quarterly for Exercise and Sport」(オンライン版)に掲載された

野球やソフトボールといったタイプの球技は、投手がボールを投げてから打者の手元に届くまでの時間が約0.4秒~0.5秒程度とされており、その間にボールの軌道や速度を判断し、タイミングよく打撃を行う必要がある。このため、うまい打者は投手の投球動作などから事前にそうした予測を行うことで、不確実な状況においても、ヒットを打つ可能性を高めている。

しかし、こうした適応的な予測能力は、実際に生じた事象が大きく異なった場合、予測に一致するように錯覚が生じるものの、無意識のうちに修正されることが知られているが、0.5秒程度の打撃動作においては、錯覚を修正する時間が限られていること、ならびにバットを振り出した後にスイングの軌道を修正するのにも限界があることなどから、最終的なボールの速度や球種の見極めといった知覚や打撃結果そのものに影響が生じている可能性が考えられてきた。

そこで研究チームでは、今回、投手がボールをリリースする直前までの投球動作の速さを変えた映像を用いることで(ボールの球種、球速は変化せず)、ボールの速さがどの程度変化するのかを調査。その結果、打者は投手の動作速度が遅く(速く)なるほど、より遅い(速い)球速を予測する傾向にあり、その差は基準映像と比較して0.15秒程度の差であっても顕著な違いが生じることを確認したという。

  • 名大

    実験で使用されたソフトボール投手の投球映像。通常の投球動作速度を基準に、最大で前後20%程度ずつ速度を変化させて、打者の球速などの予測を評価。その結果、投球動作が遅いほど球速も遅いと打者は錯覚し、予想以上の速い球が来ることでタイミングが狂わされるといったことが示されたという (出所:名大Webサイト)

また、こうした予測能力が投じられたボールに対する錯覚も生じさせており、同一速度のボールを見ても、事前の予測に一致するようにボールの速さを過少(過大)評価して感じることも分かったという。ただし、これはあくまでボールを見逃した場合の体感球速を計測したものであるため、実際にバットを振る場合の球速判断は異なる可能性もあると研究チームでは説明している。

さらに、この球速に関する錯覚については、最終的なバットをボールに当てるインパクトのタイミングにも関わっており、同一のボールに対する打撃であっても、投手の動作が遅い場合には振り遅れる傾向が、速い場合には早く振ってしまう傾向が100分の1秒~2秒程度というわずかな差であるが確認されたという。加えて、打者は投手の動作速度が遅い場合、速い場合と比べて、2倍ほど大きなタイミングの誤差が生じていることも確認。研究チームでは、これは打者にとっては、ゆっくりとした(遅い)投球動作から、予測以上に速い投球をされる方が、よりタイミングの調節が困難であることを意味するとする一方で、個人差もあり、速い投球動作から、予測以上に遅い投球、すなわち「思ったよりも来ない球」を投じられる方が、より大きな誤差が生じる打者も少数ながら観察されたため、結果の解釈には注意が必要だともしている。

いずれにせよ、この結果は、打者の振り遅れなどは、ボールの物理的な速さのみならず、投手の動きにも依存して生じていることを示すものであり、研究チームでは、投手にとっては相手打者から自らの動作がどう見えるかを把握し、動作以上に速い、または遅いボールで打者を揺さぶるという戦略を活用することで打ち取りやすくしたり、打者にとっても、投手の動きに騙されない、または騙された際にいかに修正するかという能力が、正確な打撃を行うために重要となることが示唆されるとの見解を示している。

このほか研究チームでは、これらの結果は熟練の打者が投手の動きに基づく予測を利用して、投じられたボールの情報不足を補い、自らの知覚や運動をより適したものにしていることを示しているものであるとしており、今後はトップレベルの選手たちが、こうした錯覚をどのように活用しているのか、あるいは対処しているのかを検証することで、ヒトの持つ不確実環境下に対する適応能力をより詳細に解明することにつながることが期待されるとしている。