中国国家航天局(CNSA)は2020年5月5日、新型有人宇宙船の試験機を搭載した「長征五号B」ロケットを打ち上げた。宇宙船は宇宙での試験を経て、8日に地球への帰還に成功した。
「新世代有人宇宙船試験船」と呼ばれるこの試験機は、従来の「神舟」宇宙船よりも大型で、新型のエンジンや電子機器など最先端技術で身を固め、そして月など深宇宙へ飛行できる能力をもつ、まさに新世代の宇宙船を目指して開発されている。
今回の試験飛行の成功で、中国の宇宙計画は新たな一歩を踏み出した。
新世代の有人宇宙船
「新世代有人宇宙船試験船」は中国が開発中の宇宙船の試験機で、その名のとおり、これまで中国の有人宇宙ミッションで使われてきた「神舟」宇宙船を代替する、新世代の宇宙船を目指している。現時点でこの宇宙船に神舟のような愛称はなく、ただ単に「新世代有人宇宙船」と呼ばれている。
開発は、中国国有の宇宙企業、中国空間技術研究院(CAST)が担当している。
機体の直径は4.5m、全長は8.8mで、宇宙飛行士が乗るクルー・モジュールと、スラスターやバッテリーなどをもつサービス・モジュールから構成されている。打ち上げ時の質量は約21.6t。この数値は今回の試験船のものだが、実機もほぼ同じになるとみられる。
ちなみに、神舟は全長9.25m、直径2.8mで、打ち上げ時の質量は約8tであることから、いかに大型化しているかがわかる。また、米国のスペースXが開発している「クルー・ドラゴン」は全長8.1m、直径4m、質量12tであり、新世代有人宇宙船はおおよそ一回りほど大きいことになる。
クルー・モジュールには最大7人の宇宙飛行士が乗ることができ、電力は太陽電池でまかない、単独で21日間の宇宙ミッションを可能としている。また、乗組員を3人に減らせば、500kgの物資を搭載して打ち上げ、そして帰還することもできるという。
そして最大の特徴は、月への有人飛行を可能としているところである。もともと神舟、またその基となったロシアの「ソユーズ」宇宙船も月への有人飛行が可能ではあったが、実際に行われたことはない。しかし、中国は2030年代以降に有人月探査を狙っていることもあり、この新世代有人宇宙船は当初から月へ飛ぶことを念頭に置いている。
また、モジュール式構造を採用し、地球低軌道ミッションと月ミッションとで異なるサービス・モジュールを装着することができるほか、クルー・モジュールは耐熱シールド以外の大部分が再使用可能だという。また、神舟の帰還モジュールは、着陸時の衝撃を和らげるために固体ロケットを噴射するが、新世代有人宇宙船ではエアバッグによって衝撃を吸収することで、乗り心地を改善している。
さらに、電子機器や軌道制御システム、耐熱シールドも最新技術が投じられている。中でも特筆すべきは、エンジンにHAN(硝酸ヒドロキシルアンモニウム(NH2OH・HNO3))という物質を使った呼ばれる推進剤を採用しているところである。HANは、現行の宇宙船用エンジンで主流となっているヒドラジン推進剤に比べ、毒性や環境負荷が低く、製造や取り扱い、発射場での運用コストの低減も期待されており、世界中で研究・開発が進められている。
試験船の試験飛行の成功
この新世代有人宇宙船はまず、2016年に最初の試験機が開発された。この試験機は実機の約60%の大きさで、またクルー・モジュール部分のみしかなく、サービス・モジュールは装備していなかった。ただ、クルー・モジュール部分には、実機と同じ新材料を使った構造部材のほか、新開発の誘導システム、耐熱シールド、通信アンテナ、パラシュートなど、新しい技術が満載されていた。
この試験機は6月25日に打ち上げられ、試験が行われたのち、翌26日に帰還、着陸に成功した。
そして、その後も開発が続き、今回ついに、実機とほぼ同じ構成の試験機となる、新世代有人宇宙船試験船が造り出された。
試験船は「長征五号B」ロケットに搭載され、日本時間5月5日19時00分(現地時間18時00分)に、海南島にある文昌宇宙発射場から離昇した。なお、今回は無人であったため、緊急脱出システムなどは搭載していなかった。
中国の国営メディアによると、新型コロナウイルス流行の影響から、打ち上げ要員の人数を減らすとともに、一部のスタッフは自宅からデータのレビューや参加したという。
ロケットは順調に飛行し、近地点高度162km、遠地点高度377km、軌道傾斜角41.1度の軌道に、試験船を投入した。
試験船はその後、自身のスラスターを7回に分けて噴射し、最終的に遠地点高度を約8000kmにまで上げた。そして8日に軌道を離脱し、地球に向けて帰還を開始した。
このときクルー・モジュールは、大気圏に一気に突っ込むのではなく、上層部でスキップするように飛び跳ねることで、再突入時の加熱を和らげる機動を取った。この技術は月からの帰還時に役立つもので、今回も遠地点高度約8000kmから再突入したことで、再突入時の速度は秒速約9kmにも達したという。
その後、クルー・モジュールはパラシュートを開いて、速度を落としながら徐々に降下。そして14時49分、中国北部の内モンゴル自治区にある東風着陸場に着陸した。
詳しいデータ分析はこれからだと思われるが、少なくとも大きなトラブルはなかったようで、試験飛行は成功と伝えられている。
従来の神舟宇宙船はソユーズを基にしたものだったが、この新世代有人宇宙船は完全にオリジナルの設計であり、その性能も米国のオライオンやクルー・ドラゴンといった新型宇宙船に匹敵するものとなっているなど、中国の有人宇宙飛行プロジェクトは新たな一歩を踏み出したといえよう。
もっとも、有人での試験飛行の予定など、今後の開発・試験計画については不明である。中国は早ければ来年から、大型の宇宙ステーション「天宮」の建造を始める予定だが、その初期のミッションでは神舟宇宙船を使うことになっている。
中国はこと有人宇宙飛行計画においては、きわめて慎重な歩みを見せており、この新世代有人宇宙船が実用化されるのも、まだしばらく先のことになろう。