Appleが世に送り出したiPadが、2020年1月27日で10周年となった。今回のシリーズでは、10年間のiPadの歩み、変遷、そして未来について考えていきたい。前回の「紙を超える存在になったタブレット」に続く2回目は、iPadが抱えていた苦悩についてだ。
現在、iPadは廉価版のiPad(第7世代)、iPad mini(第5世代)、iPad Air(第3世代)、iPad Pro 11インチ、同12.9インチの5つのラインアップで構成され、いずれもApple PencilとSmart Keyboardをサポートしている(iPad miniのみSmart Keyboardは非対応)。
このラインアップが整う以前、iPadは3年あまり、各四半期決算で販売台数が前年同期を下回るマイナス成長を続けていた。そこで今回は、iPadの不振とその打開について振り返りたい。
iPad一強となった経緯
現在のタブレット市場を見渡してみると、結果からいってiPadしか残っておらず、Appleが市場を独占している状況になった。その経緯にはいくつかの理由がある。
まず1つは、スマートフォンの大型化だ。iPadは、iPad miniが登場するまで、かたくなに9.7インチを維持してきた。現在は10インチクラスに少し拡大されたが、このサイズを基本としている。
ライバルのAndroidタブレットは、早い段階からさまざまな画面サイズのバリエーションを整えていった。スマートフォンの画面が4インチ程度だったころに6~8インチのコンパクトなタブレットを登場させ、「持ち運びしやすく、画面もちょっと大きな端末」というポジションを作り出した。
Appleは2012年にiPad miniを登場させたが、そのサイズは7.9インチ。8インチに近いサイズで、片手で持てるほど軽いが、スマートフォンとは明らかに異なるサイズのデバイス、という存在感を維持した。
その後、iPhoneを含めてスマートフォンが大型化し始める。Appleは、画面拡大に最もコンサバティブな態度を取り続けているが、それでも順調にスマートフォンの画面は拡大していった。2014年に発売したiPhone 6 Plusで5.5インチ、2017年のiPhone Xで5.8インチ、2018年のiPhone XS Maxでは6.5インチまで大きくなった。2020年には、さらに大きな画面サイズのiPhoneをリリースする計画が伝わっている。
ここで出てくる問題は、小型タブレットとスマートフォンの画面サイズが重なってくる点だ。特に、画面サイズでiPhoneに優位性を見せているAndroidスマートフォンは、Androidタブレットの存在理由を奪っていき、撤退が相次いでいった。そうしたメーカーが次に作り出したのがChromebookであり、これは後にiPadと競合する存在となった。
iPadが生き残ったもう1つの理由はアプリだ。これはAndroidスマートフォンだけでなく、Windowsタブレットとの比較でもiPadの優位性を示す要因となる。
Appleは、iPhone用アプリの画面を拡大してiPadでも利用できる点を、初期のiPadで売りにしてきた。しかし、ことあるごとにiPad専用設計アプリの本数をアピールし、2013年10月の段階で47万5000本が利用可能であると発表した。
同じタイミングで、アップル純正のワープロ、表計算、スライド作成のビジネスアプリであるPages、Numbers、Keynoteをバンドル。以降は、Mac向けとiPad向けをほぼ同じペースで刷新しながら、iCloudでのデータ同期を絡め、編集するデバイスを意識しない環境を構築した。
この方式は、ほかの生産性向上アプリやユーティリティアプリでも採用され、MacとiPadの双方でのアプリ提供が加速していく。結果として、iPadをモバイルマシンとして仕事をこなしたり、iPadをメインマシンとするユーザーを作り出していくこととなった。
AndroidにしてもWindowsにしても、同じプラットホームで提供されているアプリを、確かにタッチ操作に対応する大画面で利用できるため、アプリの本数の面でiPadに劣ることはないはずだ。しかし、筆者が経験してきたAndroidタブレットや、現在も使っているSurface Goを前にすると、「利用できる」ことと「快適に仕事ができる」ことは別だ。AndroidタブレットはOS、アプリともに、画面サイズやタッチ操作への対応が不十分で、快適に使えるレベルには達していない。
iPad向けのインターフェイスガイドラインを敷いてネイティブアプリを奨励してきたAppleの強みが、ここで発揮されたといえる。
iPadの不振にあえいだ3年間
1つ前の見出しに「一強」と書いたが、これは正確な表現ではない。かつてはiPad自身も不振にあえいだ時期があり、決して強くはなかった。
2014年にiPad Air 2を登場させたAppleだが、その販売が一巡して以降、長らく前年同期割れを続けていった。2015年に登場させたiPad Pro 12.9インチ、iPad mini 4、2016年のiPad Pro 9.7インチをもってしても、販売を上向かせることができなかった。
タイミングを同じして、前述のようにAndroid勢の撤退が続いており、タブレットで最も販売比率が大きかったiPadの販売不振が、タブレット市場全体の縮小を招く結果となった。
販売不振の理由は、以前に発売したiPadが予想以上に長く使えたこと、そしてニーズのある価格帯の製品を用意しきれなかったことにあった。
筆者の経験上、iPadは4年以上現役で使い続けられるデバイスだと感じる。そもそも、Aシリーズのチップが強力であることはもちろんだが、iPadで「やること」が4年間でそう大きくは変わらなかったことが大きな要因だ。
例えば、iPad Pro 9.7インチモデルを2016年に購入したとする。iPadで使うアプリは、Safari、メッセージ、FaceTime、写真、iMovie、Keynote、Netflixだとする。
これらのアプリを使い続ける限りにおいて、2020年になっても当初の性能を発揮して使い続けることができるのだ。スマートフォンのように、カメラの性能が年々飛躍的に向上することもなければ、充電頻度が低いのでバッテリーが2年3年で劣化することもない。OSが新しくなるほど重くなるPCとは違い、OSのアップデートでむしろアプリの起動が高速化しているほどだ。
こうなると、積極的に買い替える理由を見つけることが難しくなる。もちろん、消費者にとっては非常にありがたいことであるが、メーカーとしては新製品を売るために新規ユーザーを大きく開拓しなければならず、スマートフォンのような2年の買い替えサイクルを作り出すことができなくなる。
いざ新規ユーザーを開拓しようとするにあたり、エントリーモデルとなるiPadが長らく用意されていなかった点がラインアップ上の問題だった。iPad Proシリーズが登場した2016年当時、エントリーにあたる通常モデルはiPad Air 2であり、実に400ドル以上の価格が付けられていた。
企業や教育機関などが大量に導入するには、iPad miniの価格でも高かった。2016年末には、それでもiPadを導入しようとする日本の企業や教育機関からの注文が集まり、iPad Air 2が手に入らない品薄状態に陥ってしまった。
AppleがiPadの販売不振から立ち直るためには、「iPadが担う新しい役割」と「市場のニーズに合った低価格モデル」という2つの施策が必要だった。(続く)
著者プロフィール
松村太郎
1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。