東京大学(東大)は10月31日、認知症の治療薬・予防薬を早期に実用化することを目指し、認知症のプレクリニカル期・プロドローマル期の研究への参加者をオンライン上で募集するプロジェクト「トライアルレディコホート(J-TRC、ジェイ・トラック)構築研究」を開始したことを発表した。

日本の認知症患者は500万人を超す規模とされ、そのうちの約7割がアルツハイマー病とされている。こうした認知症患者は年々増加傾向にある一方で、その治療のための薬剤は症候改善薬がほとんどであり、疾病の進行そのものを止めることができない。また、根本治療に向けた研究開発も進められているものの、認知機能の障害が明らかになった段階では、神経細胞の変性・脱落を食い止めることが困難で、治療の効果が得にくいことが分かってきており、認知症の症状がまだないが病理変化が始まっている「プレクリニカル期」、または症状が軽度認知障害レベルの「プロドローマル期」での研究が重要と言われるようになってきた一方、そうした自覚症状などがほぼないような人を臨床研究・治験参加者として多く集める最適な方法を構築することが難しく、具体的な動きになかなか結びつけることができてこなかった。

今回の研究プロジェクトでは、東大大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 神経病理学分野の岩坪威 教授を研究代表者に据え、インターネットを活用して、そうした軽度認知障害(プロドローマル期)よりも前段階のプレクリニカル期の可能性がある人を募集した人の中から探り出し、医師などの指導を交えた医療研究機関での研究を行い、希望する人にはさらに条件に合った治療薬・予防薬の治験の情報を提供したり、実際に治験への参加を支援するといったことを行っていくことで、早期の認知症予防に向けた取り組みの効果の判定を目指す。

具体的には、対象となる参加者は日本語で参加可能な50~85歳までの男女で、J-TRCのWebサイト上からボランティアとして、プロフィールや研究上でのニックネーム、メールアドレス、既往歴などを登録してもらうほか、2種類の認知機能(記憶・思考力)に関するテスト(認知機能指標:CFIとCogstate)を受けてもらうというのが第1段階となる。テストを3ヶ月ごとに受けなおしてもらい、その結果の変遷などを元に、研究チームが認知症のリスクの大小を判断。リスクが高いと思われる人を中心に、医療研究機関に来てもらって、オンサイトスタディとしてさらなる検査を実施。その中で検査結果を元にしたリスクの高さや本人の希望などを踏まえ、治療薬治験に進み、その結果をもとに、有効な予防・治療薬の開発に繋げることを目指す。

  • J-TRC

    J-TRC研究の概要

研究チームではオンライン上の登録者数2万名をまずは目指すとしており、さまざまな広報活動などを通じ、対象年齢の人たちに参加を呼びかけていくとする。また、その中からオンサイトスタディに進むのは1000名ほどを、さらに治療薬治験には400名ほどがそれぞれ進むことを見込んでおり、岩坪教授は「このプロジェクトは、2024年3月末までの5年間の研究であり、本格的にオンサイトスタディが始まる2020年度以降、毎年200~300人程度をオンサイトスタディへ参加してもらうほか、年100人くらいが治験に進めれば、と思っている」とスケジュールと規模感を語る。

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    プロジェクトには岩坪教授の研究チームのほか、さまざまな研究機関なども参加。認知症に関連する学会からの支持なども得ており、全国の地域コホートなどとの連携も進めることで、2万名の登録者を目指す (出所:J-TRC発表資料)

ちなみに、参加登録のためにはインターネットに接続できるパソコンもしくはタブレットと、連絡を受け取れるメールアドレスを有していることが必要。スマートフォンについては、テストの画面の一部が小さすぎるなどの問題があり、現状では対応ができていないため、利用は推奨されていない。また、テスト以外の入力が必要な項目については、家族などが代理で入力を行ってもらっても構わない(回答は本人)が、テストについては、その結果が判断基準にもつながるため、本人が行う必要がある。

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  • J-TRCのWebサイト。4カ所ある「新規登録」をクリックすると、ログインのためのメールアドレスやユーザー名(研究上で用いられるニックネーム。本名以外でも問題はない)などの登録が求められる (出所:J-TRC Webサイト)

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  • ログインするとはじめに出てくる各種の登録手続き画面。プロフィールの入力のほか、研究への同意(後で研究への参加をやめる場合は、同意の変更を行うことで対応が可能)、認知症に関連するアミロイドPET検査の実施の有無、認知機能に関するテストなどを受けていくことで完了する (出所:J-TRC発表資料)

研究チームでは、自分の記憶力や認知機能を客観的に把握できる機会でもあるので、対象年齢の親を持つ家族などからも参加を後押ししてもらえればとしており、そうして多くの人に参加してもらうことで、将来の認知症治療薬・予防薬の実現につなげていきたいとしている。

  • J-TRC
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  • 2回目以降にJ-TRCにログインした際の画面。テストの点数の変遷なども確認することができる (出所:J-TRC発表資料)

なお、10月31日の段階でオンサイトスタディが可能な医療機関は東大病院、大阪大学、東北大学、国立長寿医療研究センター(NCGG)、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の5機関が予定されており、今後、早い段階で10機関程度まで増やし、参加者の移動などの負担軽減などを図っていきたいとしている。

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    左から東大大学院医学系研究科 神経病理学の井原涼子 助教、東大医学部附属病院 脳神経内科の岩田淳 准教授、東大大学院医学系研究科 神経病理学(附属病院・早期・早期・探索開発診察室 兼務)の岩坪威 教授、東大医学部附属病院 早期・探索開発推進室の鈴木一詩 特任助教

11月14日追記:記事掲載時、岩田准教授のお名前を間違って表記しておりましたものを修正させていただきました。ご迷惑をおかけした読者の皆様ならびに関係各位には深くお詫び申し上げます。

研究開発代表者

岩坪威(いわつぼ たけし)
東大大学院医学系研究科 神経病理学 ( 附属病院・早期・早期・探索開発診察室 兼務) 教授

【略歴】
1984年 東京大学医学部卒業
1986年 東大医学部附属病院 神経内科
1989年 東大医学部 脳研病理 助手
1998年 東大大学院薬学系研究科 臨床薬学教室 教授
2007年 東大大学院 医学系研究科 神経病理学分野 教授
同年 J-ADNI主任研究者
現在に至る