近年、仮想現実(VR)に加えて、拡張現実(AR : Augmented Reality)、複合現実(MR : Mixed Reality)といったテクノロジーと、それを実際に活用するためのデバイスが増えている。昨年に東京ビッグサイトで開催された「国際航空宇宙展2018」(JA2018)における特徴の1つが、この手のデバイスが目立ったことだった。

となれば、それを訓練の現場で活用する発想が出てくるのは自然な流れ。仮想環境であれば、物理的なモノがなくても本番と同じ環境を再現できて、しかも場所をとらない。

前述のように、今回のVR活用は整備士の訓練を対象としている。自動車の整備士と同様に、飛行機の整備士も然るべき訓練を受けて、試験に合格することで初めてなれる有資格者である。実地に整備の経験を積み、座学やシミュレータ訓練を経て、試験を受けるという流れになる。

  • 整備士が資格を取得するまでの訓練の流れ

ところが、最近の機材は信頼性が向上して、昔と比べると故障しなくなった。また、メンテナンスの手間もかからなくなってきた。それ自体はよいことだが、整備士が不具合の対処に関する経験を積む場面が減っている、ともいえる。それを補うために、自己研鑽に励んでいる状況だという。

何でもそうだが、本で読んだり教室で講義を受けたりするだけでは、本当に身についたことにならない。実際に自分の手足や身体を動かして、成功や失敗を経験しないといけない。

クルマのエンジンは、キーをひねったりボタンを押したりするだけで始動できる。しかし、飛行機は車とは違って、エンジン始動ひとつとっても手順がたくさんある。しかも、ある操作に伴って発生した動き(例えば、回転数の上昇や排気温の変化)が規定の範囲内に収まっているか、なんてことも問題になる。

従来は、その操作手順を訓練するのに、コックピットの実大模型を用意していた。ただし、計器盤は実機の写真を貼り付けただけである。それでも、どこに何があるかを覚える役には立つが、「あるノブを動かしたときに、どこの表示がどう変化するか」なんてことは体感できない。教官が口頭で説明するしかなかった。

最終的にはフライト・シミュレータを用いて訓練を行い、その上で資格試験に臨む。これなら実機と同じ動きをするが、フライト・シミュレータは高価な上に場所をとるものだから、数が限られる。しかも、パイロットの訓練にも使うし、そちらが優先されそうだ。

ましてや、実機を使う機会は少ない。そもそも、実機でいちいち訓練していたら費用がかかる上に、危ないことを安全に訓練するには具合が悪い。

また、日本航空には特有の事情があった。地方路線の主力になっているE170やE190は、関連会社のジェイエアが伊丹空港を拠点にして運航している。だからE170やE190の整備も伊丹で行っている。ところが、そのE170やE190の整備士を養成しようとすると、対象者は羽田や成田にいることが多いという。すると実機が手近なところにない。

そこでVRデバイスを活用する発想に行き着いた。写真を貼り付けただけのものと違って、実機のコックピットにいるような感覚で、実機と同じ操作を試すことができる。しかも、計器の表示は操作に伴って、実機と同じように動く。もちろん、回転が上がらないとか排気温が異常上昇するとかいった「まずい状況」を設定することもできる。

また、手を使った操作の手順だけでなく、視線の動きを追うこともできるので、「順番通りに計器をチェックしているか」といった確認ができる。それを、訓練後の採点やデブリーフィングに活用できる。

  • 計器盤をアップにした様子。ちょっと分かりにくいが、水色の円で囲んだ部分は「視線が向いている場所」で、白線とその先のポインタが「手の操作」に対応する

つまり、従来は写真を貼り付けただけの模型で実施していた操作手順の訓練にVRデバイスを援用することで、訓練の効率を高めたり、よりリアルな訓練を行えたり、という効果を期待できるわけだ。