4月9日、イタリア・ミラノにおいて「ミラノサローネ国際家具見本市」が開催された。それに合わせてミラノ市内各地では、様々な企業やデザイナーによるデザイン・コンセプトの展示「ミラノデザインウィーク 2019」も催された。これは家具に限定されない、デザインに関する展示イベントだ。

ミラノの中心街、ゾーナ・ソラリ地区にある「スーパーデザインショー」は、ミラノデザインウィーク 2019の主要会場の一つ。LGエレクトロニクスや3Mといったメジャー企業をはじめ、レクサス(トヨタ)、INAX、住友林業などの日本企業が数多く出展していた。

  • レクサスをはじめとする大手企業も数多く出展していた、スーパーデザインショーの会場。この地区はテック系企業や自動車メーカーが数多く集まっていた。

そんなスーパースタジオの一画、日本企業が数多く集まるブース「TOKYO CREATIVE 30」で目に止まったのが、ワコムが展示していた1本の柱。このコンセプトモデル、テーマは『柱の記憶』。京都に拠点を置くテクノロジースタートアップ企業、mui Lab (ムイラボ)株式会社とのコラボレーションによるプロダクトだ。

  • mui Labの共同創業者でクリエーティブディレクターの廣部延安氏と『柱の記憶』

mui Labは2019年1月、米ラスベガスで開催されたCES 2019にて、開発したスマートホームデバイス「mui」がCESイノベーション賞を受賞するなど、注目を集めているスタートアップだ。

muiは一見すると単なる木材だが、内部にLEDディスプレイが内蔵されており、タッチ操作で天気予報やニュースを表示できるというIoTデバイス。使っていないときはシンプルな木材にしか見えないため、インテリアに溶け込み、デジタル機器ということやテクノロジーを感じさせない(=無為化)存在なのだ。そして、手を触れると必要な情報を表示してくれる。muiは2018年10月から米国のクラウドファンディング・Kickstarterにて出資を募り、無事に目標額を達成、製品化を実現している。

ワコム×mui Labの『柱の記憶』

話を戻して、ワコム×mui Labの『柱の記憶』は、muiとワコムのデジタルペン技術(アクティブES方式)を組み合わせて生み出された。子どもを柱の前に立たせて、成長の記録として身長を柱に刻む(刻んだ)――そんな心に残る想いと憧憬をデジタル化するプロダクトだ。

  • 専用のペンで柱に線を引く。約70cmの範囲に「mui」のモジュールが仕込まれており、一筆書きなら線以外も書ける。この「描ける」ということが大きなポイント

mui Labの廣部延安氏によると、『柱の記憶』にはmuiを縦向きに配置。ワコムのデジタルペンでのみ、柱部分に書き込みができるようになっているという。柱の前に子どもを立たせて、頭の高さに線を引くと、その高さを自動計測してクラウドに送信、ディスプレイ用の「箱」の上に計測した身長が数値で表示される仕組みだ。計測した数値を後で見返せる。

  • 線を引いた後すぐに、ボックスの上に計測した身長が数値で表示された。これはクラウド経由で表示しているそう

ディスプレイ用の「箱」は、計測した数値を表示するほか、時計を模した円形の表示によって、計測した時間を長針と短針で記録できるようにもなっている。

「今回は、ワコムのペンを使ってデジタルデータをどのように変換していくか、成長の記録を柱に刻むという行為を1つの象徴として作ってみました。あくまでコンセプチュアルなものなので、この表現を今後、どういった形でプロダクトに落とし込んでいくか。これからさらに一年かけて作っていこうと、ワコムさんと話しています」(mui Lab 廣部延安氏)

また、柱には詩人の三角みづ記さんによる「木の成長と記憶」をテーマにした詩を表示できる。子どもの身長を刻んでいないときにも、メッセージを伝えてくれる。三角みづ紀さんの詩は5篇あり、オリジナル「柱の記憶」という題で制作された。

  • 柱の表面には三角みづ記さんによる詩が

  • こちらは、タッチ操作で表示を切り替える「mui」。文字が表示されていないときはディスプレイには見えない

柱に線を刻めるワコムのペンは、木と同じ木目調のほか、チョークを模したものや画用木炭のようなデザインを採用。これらペンだけで成長記録を刻める仕組みで、「mui」とは異なり、指でのタッチには反応しない。

  • 今回のプロダクト専用にデザインしたジャケットをまとった、ワコムのデジタルペン。写真は木目調で、ほかに白墨調と画用木炭調がある

ワコムによると、柱などに子供の成長を記録して「柱の傷はおととしの……」という行為は、世界中の多くの国や地域で共通の習慣になっているという。コンセプトモデルである今回の『柱の記憶』は、そうした家族の情景を、テクノロジーを感じさせずに、デジタル化するという取り組みだ。

ただ、そのまま製品化されることはないかもしれない。ワコムの持つデジタルペンやインク技術をどのように活用していくか、使い方のアイデアのひとつだと考えるとよさそうだ。