モノがいいというだけで売れる業界ではない
現在、特に双通路のワイドボディ機の分野ではエアバスとボーイングの二強が市場を独占しているといってよい。そこに割って入ろうとして、中国とロシアが共同でCR929という機体の開発に乗り出している。機体規模でいうと、エアバスA330やA350、ボーイング787あたりとバッティングしそうだ。
そこで「CR929をコンペティターとして認識しているのか」という点についてハイデン氏に訊ねてみた。結論からいえば「コンペティターといえるレベルになるには、時間がかかるのではないか」という趣旨になろうか。
エアバスも、かつてはチャレンジャーだった。1970年代ぐらいまで、大型のジェット旅客機といえばボーイングとダグラスが大半を独占していたようなもの。そこで欧州メーカーが結束して立ち上げたのがエアバスだ。
最初は、欧州市場を意識した中型ワイドボディ機・A300・一機種でスタートした。それから単通路機のA320、より大型のA330・A340・A350・A380とラインアップを拡大、最近になってボンバルディアCシリーズを取り込むことでボトムを拡大した。
その過程でハイテクを積極的に取り入れて顧客にとってのメリットにつなげようという努力もしてきたし、時には壁にぶち当たったこともある。そういう数十年の歴史と経験を重ねて、ボーイング製品をライバルとして名指しで比較できるところまで成長してきた。
旅客機は単に「性能がいい」「ハイテクである」というだけで売れる商品ではない。先に書いたように、あくまで「エアラインが利益を出しやすいツール」でなければ売れない。
しかも、売ったらそれで終わりではなく、乗員の訓練、機体のメンテナンスやアフターケア、場合によっては改造などもカバーする。そういう総合力と経験がそろって初めて、エアバスやボーイングのコンペティターとなり得るのではないか、という話になる。
エアバス製品は早くから、異なる機種の間での操縦資格の共通化を推し進めてきた。これはエアラインの見地からすれば、教育・訓練経費の低減につながるし、1人のパイロットが異なる機種に乗務する際の障壁を引き下げる効果にもつながる。これも行き着くところは経済性である。
エアバスやボーイングに限らず、身近なところで三菱MRJについても、こういう視点を持つことが必要ではないだろうか。「ハイテク」とか「オールジャパン」とかいうお題目を先行させれば失敗の元だ。そこでMRJは堅実なアプローチをとり、海外のサプライヤーを多く使うことになっているが、当然の成り行きである。
ちなみに、MRJは機体の規模が100席未満でエアバスのラインアップとは重複しないので、「競合機とは見ていない」そうである。
民航機メーカーのメディア・ブリーフィングで何が強調されているか。それを見ることは、この分野でどういう要因が重要視されるかを知ることでもある。
そして、「ハイテクだから素晴らしい」ではない。エアラインにとって利益を生むハイテクでなければならない。作り手が作りたいモノ・売りたいモノではなく、顧客が真に求めているモノを追求しなければならない。他の業界にも通じる話ではないだろうか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。